2009年6月28日 (日)

王子*石神井川から隅田川へ

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江戸東京の風景学というテーマに惹かれ、早稲田大学のオープンカレッジにお邪魔していましたが、先日、「東京の川」という視点から、荒川(放水路)の出現を軸に江戸東京の河川の歴史を考える中で、隅田川へ注ぐ石神井川の下流を、王子の飛鳥山近辺まで散策する企画がありました。皆さんとご一緒の街歩きです。

石神井川は、昭和33年の狩野川台風を契機に大きく姿を変えましたが、旧河道が公園として姿を止めているところもあり、興味深いものがありました。

その内のひとつに、「音無さくら緑地」がありますが、そこは、石神井川が大きく馬蹄形(例えが古い...)に蛇行していた河岸の自然露頭も見ることが出来ます。その出口付近に、旧河道である公園を跨いだ形で吊り橋が架けられています(↑)。近年、復元したものらしいのですが、生活路として機能しているようです。銘板などは未確認...(¨;)。

単に吊り橋ということだけではなく、先に、当ブログ記事の高輪*高野山と桂坂の姿のことで、昔、高輪の谷地に吊り橋があったのではとの伝聞情報を戴いたことがありましたので、そのイメージを重ね、目の前の光景に思わず立ち止まりました...(¨;)

20090623_005640 また、土木遺構と言えるのかどうか分かりませんが、王子神社の脇に、石神井川の旧河道に残る音無橋(昭和5年)を訪れたのも収穫でした。(←)

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誰しも目を引くのは、震災復興橋として神田川に掛けられた、昭和2年竣工の聖橋(写真奧→)との類似性でしょうか。震災の後、一新した東京のシンボルのひとつであったような気がします。

石神井川そのものは、河川改修の結果、現在は橋の上流部手前から、飛鳥山の地下に穿った隧道を経由するルートに変わっています。音無橋の古い絵葉書によれば、橋脚の間から望む石神井川の表情は、大きく変貌したことが分かります。土木学会HPなどで。

最後に、今回、デジカメで記録するのを失念しましたが(実は、少々歩き疲れて...)、最後に訪れた王子神社の拝殿は、目を引くものがありました。

全体は権現造り(拝殿と本殿を石の間を介して連結したもの)との指摘があります。拝殿の屋根は銅葺きで、流造というべきなのか。様式としては、明治神宮の内拝殿と同様ですが、軒唐破風の後ろから被さるような千鳥破風の迫力に目を奪われました。
いささか消化不良なので、再度の訪問が必要かも...(¨;)

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2009年6月14日 (日)

池袋*自由学園明日館へ

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先日、目白に向かう所用がありましたので、その途中で、永年の宿題でもあった自由学園明日館を訪ねることにしました。池袋から徒歩で僅かばかりなのですが、今まで訪れる機会がありませんでした。

来歴を紐解けば、大正10年(1921)、羽仁吉一・もと子夫妻によって女学校として創立されました。明日館はその自由学園誕生の校舎なのですが、フランク・ロイド・ライトと、遠藤新が手掛けています。
詳細は同校HPにて。

池袋と目白の間の住宅街の一角にそれはありました。細い路地を辿り、突然、視界が開けた敷地にある校舎の姿、食堂、ホールの構成からは、プレーリーハウスというライトのコンセプトが感じられます。

明日館そのものは、平成11年から13年まで保存・補修工事が行われているのですが、館内は、どこか創立当時の息遣いを感じさせるようです。

20090609mejiro_019600食堂の階段は、すり減ったまま保存されていました。だれもいない食堂には質素な机と椅子が並んでいますが、写真に残る少女達のざわめきが聞こえるようでした。
ホールの椅子の背もたれは、シンプルな6角形ですが、明日館と同時期に手掛けていた帝国ホテルの什器の意匠を感じさせます。バンケットの椅子の背もたれのイメージそのままです。コンセプトを活かしているのでしょうか。

20090609mejiro_033600_6喫茶付きの見学を申し出れば、ホールでコーヒー(紅茶)を戴きながら時を過ごすことが出来ます。

通りを隔てた向かい側には、遠藤新の設計による講堂がありますが、外周からは積極的な全面改修は感じられません。オリジナルのディテールを感じさせます。20090609mejiro_007600_4
特に講堂のファサードからは、港区高輪の日本基督教団高輪教会のファサードが想起されますが、設計者である岡見健彦は、1925年に東京美術学校(現在の東京藝術大学)を卒業した後、1925年から1928年の間、遠藤新20090609mejiro_040600_2 建築創作所に勤務。1929年には遠藤新の紹介で、タリアセンにライトのもとを訪れています。日本人建築家によって受け継がれた歴史を感じられるところです。

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2009年6月 2日 (火)

雑感*自転車の復権ということ

最近、自転車の復権が話題となりますが、同時に、街中では、その存在が注視されるのも自然なことでしょう。自転車の乗り方というといたく堅苦しいけれど、やはり、どこか緊張感が必要なものです。

歩行者や一般車両の流れの中で、周りが見えていないような振る舞いすることは、その分周囲に依存することと同じことであるとともに、周囲にとっては、単なる危うげな自己主張としか映らないでしょう。

昨今、自転車専用レーンの拡充がとりざたされていますが、それで解決できることは、一局面にすぎないのかもしれません。

昨今、「車道上での逆走」が問題になることがあります。
更に、逆走したまま交差点に進入するケースがあると聞き、大変驚きましたが、今回、地元で目の当たりにすることがありました。

こういう緊張感の欠如が日常であるならば、周囲が想定し難い不規則走行は事故の端緒ともなり、巻き込まれるドライバー、時によっては歩行者に対して大変な不幸を招くことになるとともに、緊張感を欠いた本人も、その大きな代償を払うことになるでしょう。

「無灯火」での走行も古くて新しい問題でしょうか。
結論は、お互いに視認性の低下する薄暮時から夜間は、自分の走行を「補助」するためというよりも、歩行者や対向車両に、自分の車両の存在を「認識」させるために点灯するということですが、その必要性が、必ずしも理解されていないようです。特に高齢者にとって、無灯火で接近する自転車の存在は大変な脅威であることを、想像できる社会であって欲しいと思うところです。

「携帯を握りしめ」、掛けながら、見ながらの走行も最近の現象ですが、一時よりは、街中で見ることが少なくなりました。その行為に何の必然性も見出せないことと、リスクの大きさとの落差が歴然としているからでしょうか。以前、夜間に携帯を操作しながら自転車で走行していた女子高生が、前方不注意で歩行者に衝突し、重傷を負わせた結果、数千万円の損害賠償事件となったこともありました。

加害者の僅かな気のゆるみから被害者が生まれることは、大変不幸なことであるとともに、加害者となって「暗転」を迎えることも、不幸なことだと思います。

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2009年5月27日 (水)

雑感*新型インフルエンザのこと

昨日、通りすがりに、都心のターミナル駅付近にあるドラッグストアをのぞいて見ましたが、品切れ、入荷日未定であったマスクや消毒液が再び出回っていました。地域の事情は異なるとしても、やや、落ち着きを取り戻したところでしょうか。

企業の社内備蓄や、ネットオークションに出品して差益を狙う個人的な購買もあったようですが、いかに自由経済とはいえ、結果として、個別の対応を試みた一般家庭に、不安と混乱をもたらしたことは事実でしょう。供給能力が上回っていればいいだけの話かもしれませんが、自主規制、若しくは行政による介入が必要なケースがあるかも知れません。

マスクについて見れば、発症している方が、自らウイルスを拡散させることがないよう使用することに、第一義的なメリットがあることが言われますが、この点も、当初の厚生労働省の広報では明確ではなかったことが、混乱の要因のひとつであったと考えます。個別の家庭において、外出時のリスク削減を図ることに異を唱えるものではありませんが。

水際対策に軸足を置いていたことは、秋口の流行時期を前に早急に総括する必要がありそうです。潜伏期間の関係上、発症がないまま入国するケースについては、保健所等の追跡調査も行われているようですが、その後の発症の有無の把握については、完璧を期しがたいのも事実でしょう。発症を前提にした国内医療への軸足のシフトも指摘されますが、政府が予定した発熱センター・発熱外来の枠組みで処理できる段階は、ごく初期に限られることも明らかになったように思います。罹患した場合、重篤化の可能性が高い方々への迅速且つ積極な対応が鍵であるように感じられますが。

報道においても、パンデミックという言葉が一人歩きしている感がありますが、一般市民が、感染のリスクを理解しながら通常の経済活動を維持するためには、必要時に、実際に機能する医療体制の構築と、一般家庭においても、前述の衛生用品等の入手に差し支えが生じないと理解される(信頼される)ことが、前提条件となると考えます。

政府は、その前提条件の整備とともに、網羅的な感染事例の広報ではなく、適時に対応の指針を指し示す、整理された情報を提供する責務を負っていることは明らかなことでしょう。

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2009年5月17日 (日)

浅草*三社祭の景色

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カメラマンの習性で、三社祭に賑わう浅草へ。
最近御籤も気になるのですが...(¨;)

行くか行かないか、何となく落ち着かないときには、ともかくカメラバックを抱えて出掛けることにしています...(^^ゞ

「風の休日」にも掲載予定です。

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2009年5月10日 (日)

川越*再びドライバーへの道

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免許取得時の予想どおり、現在、立派なペーパードライバーとなっていますので、そろそろ、少し動き出すことにしました...(¨;)

川越の郊外に、ホンダが運営するドライビング・スクールがあります。(埼玉県比企郡川島町 交通教育センター レインボー埼玉)
いわゆる、教習所のペーパー教習とは違いますが、安定して40キロを出しながら運転できる河川敷の広大のコースで、1日コースのカリキュラムで細かなスキルのチェックを繰り返し、リハビリを行うことが出来ました。教官の同乗がないのも気が楽で...(^^ゞ

正直、夕方に車を降りた際、疲れで思わず膝が折れましたがが(年齢もあることは分かっていますけど)、1年半近くのペーパー歴でしたので、その分充実感は持って帰ることは出来ました。

それにしても広大なコースで、ホンダエアポートと隣接しているのですが、軽飛行機の離発着する下でコースをくるくると回っているのも不思議な感覚で、気がつくと、さっきの軽飛行機から降下したパラシュートの花が、舞い降りて来るのが見えたりします。また、目の前に巨大な飛行船がいる風景も珍しいかなと思い(写真では小さいけど)、バックに忍ばせたデジカメで記録してきました(↑)。
教習の休憩時間のことですけどね...(^^ゞ

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2009年5月 4日 (月)

川越*GWのおもてなし

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GWの川越の人出もすごいことになっています。
やはり、NHK連続テレビ小説「つばさ」が後押ししていますね。
各所で観光の方をお迎えする企画が行われています。

細かくチェックしていないのですが、その内のひとつ、一番街通りの特設「おもてなし処」で、市内の料亭を中心にした「おもてなし弁当」の販売が行われています。(5日までの企画とのことですが、詳細は川越料理店組合を検索して下さいね)

機会があれば、料亭のランチメニューを試して見たいと思っていたのですが、チャンスとばかり、買い物のついでに、
割烹ささ川さんの彩華御前弁当を仕入れて来ました。

お値段もお手頃で、味や彩りも納得できるお弁当でした...(^^ゞ

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2009年5月 3日 (日)

雑感*GWにとりあえず

空前のGWに突入し、高速道路も予想どうりですね。
本日、園芸用の薬剤を物色に、チラシの入った近所のホームセンターに出向きましたが、畑や庭いじりの方も多いらしく、驚くほどの盛況でした。

どうにか間に合わせた、高速料金のディスカウントの効果が発揮されるかと思っていましたが、GWの過ごし方にも結構棲み分けがされたようです。

週末と祝日のみ、普通車等に車種限定で2年間の期限付きといういう、とりあえずお試しコースのような景気対策ですが、使えるうちに使いたいのも人の情ですね。

しかしながら感ずるところ。
石油燃料の消費を督励する結果となるけれど、CO2問題はひと休みということなのかな。高速代で余った旅行予算が、サービスエリアの活況に繋がっているとの報道もあるけれど、高速を降りた後に、目的地での消費は増えているのだろうか。期限の2年間を通じて、週末には、これだけの活況が続くものなのか。景気対策としては、物流コストへの寄与が考慮されていないのは、どうなんだろう。日常の運行でも高速を使わず、下道を走って、コストカットすることも常態とも聞くけれど、結果として物流に寄与できない高速道路の存在も割り切れないものがある。

高速料金1000円の効果として、繁忙期にJRの指定券が取りやすくなったり、割引切符等の販売に繋がったことは、個人的には評価していますけどね...(^^ゞ

とりあえず、1000円で行きたいところまで行った後は。
景気対策としての補正予算の審議が続きますが、政策の相乗的、総合的な効果を見込んでいいものなのか。単なる各省庁からの予算請求の積み上げでなければいいのですが。予算消化の実績以外には、個別の政策の巧拙、当否等は分からないことになるでしょうけれどもね...(¨;)

市民目線ですが、とりあえず、消費税の税率を(時限で)下げてみることが、消費マインドの改善に寄与しそうに思えます。1%あたり2兆3千億円位でしたか。そんなご意見も散見されますが、国内消費の喚起という点から見れば、広く、顕著な効果が出そうですけれど。

政府として思いつく限りの玉を投げる前に、欲しかった視点ですが、財務省が絶対動かないと言われるところですね...(¨;)

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2009年4月 9日 (木)

川越*春景色

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川越も、一気に春の陽気に満たされています。
伸びやかに天をめざす桜は、喜多院境内の慈眼堂あたり。

NHK連続テレビ小説「つばさ」の影響もあるのかもしれませんが、
街歩きをされている方も多いような気がします。
春の陽気のせいか、皆さんの表情も柔らかいような。

桜は満開から、後半戦は足が早そうですね。


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2009年4月 6日 (月)

春の岩手路へ

関東では、桜の満開が伝えられ始めましたが、4月早々、父の郷里である岩手を訪ねることになりました。

盛岡駅で新幹線を後にすると、JR山田線に沿って走る国道106号線を、急行バスで宮古を目指します。盛岡駅でJR山田線に乗り換え、山並みの間を縫うように渓流沿いの景色とともに宮古を目指した旅は、いつの頃からか、駅前から高速バスの座席に体を沈める旅となりました。

盛岡から宮古を目指す国道106号線沿いには簗川の渓流が見え隠れしますが、区界峠を越えた向こう側では、渓流を集めて閉伊川となり、宮古まで旅は続きます。

車窓から見える、その渓流は驚くほどの清流に見えますが、これまで何度となく見てきたはずなのに、何故か新鮮な驚きでした。バスを降り、旅装を解いてから交わす言葉の、迎えて戴ける地元の方々の温かさは変わらないのですが。

更に国道106号線は、宮古盛岡横断道路として、高規格化事業が計画されていることも今回知ることになりましたが、僅かながら、太平洋岸とのアクセスが改善されるようでもあります。

生活という視点からは、目的において点と点を結ぶ旅であれば、それは手段の問題ではなく日常生活上の便宜がその命題であると理解しますが、国道106号線と平行して走るJR山田線が地方の公共交通機関として、人や物資の移動を支える動脈として脈打っていた時代のかすかな記憶を手繰り寄せますと、集落にある駅は、高規格道路による通過するためだけの停留所の役割だけではなく、宮古や、盛岡に通ずるネットワークの玄関であったとともに、駅の存在を前提とした、地域社会の脈動があったようにも思います。

整備された高規格道路によって、人の移動半径は大きく膨らみ、生活圏が拡大することによって地域の生活に変化がもたらされたことは事実だと思いますが、地方鉄道や地方交通線を、地域社会が脈動するための社会資本として支えることは(バスに譲ったダイヤの復権も含めて)、高齢化社会の進行する現在、意義を失わないと感じるところです。


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2009年3月 5日 (木)

雑感*東京中央郵便局のこと

鳩山総務大臣の指摘により、旧局舎のその文化遺産的な価値に再び視点が当たっていています。
昭和6年竣工のモダニズム建築として定着した評価があったものですが、JR側の出入口から階段を上り、何度か事務スペースにお邪魔したことがありました。その事業に特化した建物の空気感に触れることができました。

文化遺産としての復権は支持できるものの、その歴史は、鉄道の存在が欠くべからざるものであったことを考えると、その単体での存続という観点に止まらず、東京駅との一体的な景観として捉えることが重要であると感じます。(日本郵政の計画では「東京駅前広場からの景観に配慮して、できる限り保存、再現する計画です」との表現)

東京駅の保存は、単なる文化遺産ではなく、機能を維持したままの施設であることに意義を感じますが、東京中央郵便局の旧局舎としての保存もまた、その事業の一端を継続することが不可欠であろうと感じます。別な言い方をすれば、その意味で「現役」であることが、文化的遺産としての価値を不動のものとするのかもしれません。

東京駅は、周囲を高層ビルに包囲されてしまいました。
その駅舎やホームは、深い谷間の底に舞い降りた鳥が、翼を広げているようにも見えます。旧局舎側に低層なスペースが残れば、その一連の景観として、閉塞感が少しでも緩和されるような気もするのですが。

しかしながら、そこには郵政民営化の現実が横たわり、不動産の有効活用が、経営資源として有力視されるのも当然のことでしょう。

ここで不幸なことは、先の国会における民営化論議が、必ずしもその必然性を敷衍出来ないまま、事業の分割を伴って実行されたことかもしれません。未だ、四分社化の意義についても論議が尽きない中、事業経営における効率性の追求と、国民に対する全国ネットワークを基礎とした小口金融としての利便性や、安定した郵便事業の提供という組織命題の狭間で揺れているようにも見えます.

この潮流の中で、結果として国民が何を得て、何を失うことになるのか考えさせられるところです。

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2009年2月19日 (木)

雑感*G7後の財務大臣辞任劇のこと

すっきりしない結末でした。
今回のG7における記者会見や、それに先立つ諸会合において参加国に与えてしまったであろう、日本の取り組みに関するネガティブなメッセージを危惧するところです。また、そのリカバリーも、国内外に発するメッセージとして機敏な取り組みが求められるところであったことは自明のことでした。

我が国は、酒癖に対して寛容な社会であると言われますが、今回の件では、個人の酒癖の是非に止まらず、もし、その職務の職責に耐えられなかったことが、その根底にあったとするならば、その意味でも、国政における危うさを実感させられる出来事でした。

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2009年1月30日 (金)

南会津*湯ノ花温泉

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先の週末に、福島県南会津郡の湯ノ花温泉を訪ねました。
驚くほど清涼で冷たい空気を胸一杯吸い込んで来ました。

帰りの車窓が、雪景色から北関東の平野を経て、旅立った都心に変わりゆくのも不思議なもの。

ただ、清涼な空気は、くたびれた部品をいくつか取り替えてくれたような気がします。

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2009年1月 5日 (月)

白金台*1930年代・東京

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港区白金台の東京都庭園美術館で、
「1930年代・東京 アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代」と題する企画展が行われています。(1/12まで)

時代の空気を掘り起こすことには、成功していると思います。
1930年代は、国内外で世情不安定な時代であったはずであるのに、いろんな意味で閉塞感が漂う現在と比べ、建築物、芸術作品、商業美術、日用品、ファッションなどにどこか生命観というか、きらめきを感じるのが不思議でもあります。

明治神宮への初詣のついでに、訪れましたが (どちらがついでか分かりませんが)、何度目でしょう。その度に館の空気感を感じるのですが、未だ関心は尽きないところです。

そうそう、
美術館で、必ずしも図録を買って帰るほうではないのですが、今回はちょっと拘って、ミュージアムショップに立ち寄って帰りました。
保存版として価値があると思います。

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2009年1月 3日 (土)

川越*謹賀新年 2009

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(2009.1.2入間川越しの富士 初雁橋から)

あけましておめでとうございます。
昨年は、多数お立ち寄り戴き、誠にありがとうございました。

箱根駅伝で、なんと母校が総合優勝しました。
母校の健闘を見ることができたことは、新年のスタートに相応しいものとなりました

さあ、スタート...(^^ゞ

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