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2005年11月13日 (日)

建築のこと・雑感

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PC歴は長いものの、HPには手を染めないまま時間が経っていましたが、ともかくスタートしてみることにしました。スタートにあたり悩みましたが、やはり最初は、「建築」のことについて触れてみることにします。

写真は、皇居近くの日比谷公園沿いにある「三信ビル」です。
その筋の方々には有名ですが、写真から内部の意匠も垣間見ることができると思います。昭和5年の建築物で、近隣の現代建築の狭間で、未だにその偉容を見せてくれるのは感慨を覚えるのですが、オーナーの三井不動産は取り壊しの意向を発表しています。

このような近代建築の何が、人を引きつけるのでしょうか。
街中で、「おや、いつ頃のビルだろう」と発見をしたとき、ファサードを眺め、見上げた後はビルの玄関から中の様子を伺い、それとなく館内に立ち入る姿も怪しいと思いますが、オフィスビルに限らず、個人住宅においても、その意匠には時代を映しているのはもちろんのこと、施主の思いや情熱、その建築物の住人として同時代を駆け抜けた人々の息遣いが感じられ、理屈抜きで引きつけられるものがあります。
また、建築家の足跡も重要なファクターですが、現代に繋がる流れの中で、特に、明治を迎え、幕臣の最後を見た青年達が政府の工部大学校で技術を磨き、新たな日本を生み出した情熱、意欲には感動を覚えます。辰野金吾に関する著述は多いと思いますが、同時代の妻木頼黄に関する評伝があり(MY_BOOKS参照)、その情熱を垣間見ることが出来ます。

そもそも、ご幼少の砌から近代建築には因縁があり、小学校は東京都港区で「高輪台小学校」(昭和10年)という、関東大震災後の「復興小学校」というカテゴリーに含まれる校舎に通っておりました。モダニズム建築の先駆とも言われますが、天井が高く、開放的で、直線的とは言われますが、随所に彫りが深い建築物でした。改築されましたが、外観は残されているようです。
近くには、都内で最後の望楼を有する「高輪消防署二本榎出張所」(昭和8年)もあり、その前を通って小学校、中学校とも通学しておりました。

時代の変遷により街は様相を変えて行きますが、その狭間で残像のように残されている街角がまだまだあります。

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