« 水彩画・入門のこと | トップページ | 自転車に乗って »

2005年11月23日 (水)

責任ということ

「構造計算書」の偽造に関する報道が連日続いています。
責任の所在について意見が交わされる中、物件の買取り、年内の取り壊しを発表した企業もあるようです。民事、刑事ともいずれ責任は明確となるでしょう。
しかし、住民の方が「結果」を負わされた事実は消えません。
その根本原因の考察が求められるところだと思います。

BSEに関する牛肉仮装問題を思い起こしましたが、これも、形式的な行政施策が、民間業者の脱法行為を誘引した側面が否定できないと感じていました。
今回は、当該建築士、民間検査機関等の責任が問われるのは当然のことですが、このような結果を生じせしめた「制度設計の当否」、並びに「制度運用の責任」が明らかにされなければ、今回の一建築士の違法行為から端を発した莫大な「社会的損失」はあがなえないものと感じています。

一定の行政施策に取り組んだという名目ではなく、今回のような「結果」を出さないことが行政が負うべき最終「責任」であり、これを全うしたかが問われるところです。
国交大臣が「民-民の問題ではない」と発言しましたが、制度設計の問題にも踏み込んで問題に取り組まれることを、期待することにしましょう。

|

« 水彩画・入門のこと | トップページ | 自転車に乗って »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/152557/7279009

この記事へのトラックバック一覧です: 責任ということ:

« 水彩画・入門のこと | トップページ | 自転車に乗って »