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2006年5月17日 (水)

雑感*Winnyの怪 

リンク: 川越の風: パラサイト*Winnyの怪 .
また、情報流出の報道(5/17朝日新聞13版)がありました。
防衛庁の機密情報まで出て来るのですから、映画でも見ているようですね。技術論、法律論、倫理観等いろいろな角度の議論が交わされますが、ますます混迷を深めているだけかもしれません。

いささか古いもので、
DOS環境からWindows環境への移行を体験した世代です。
DOS環境の頃は、ユーザーとして、何がマシンが動いて、何をさせようとしているかを理解できる部分が残されていましたが、何万というファイルが動くWindows環境では、もはや不可能なのが現実です。
これまでの経験から、IT環境は、ツールとして選択的に利用するイメージがどうしても根底にあるのですが、現在のWindows環境は、一般ユーザーに対しては、壮大なブラックボックスとしてワンパッケージで環境を提供する中で、インターネットと結合し、コンテンツがあふれる「仮想環境」として市民生活に定着しています。

この度重なる報道で感じるのは、
このあたりが、ひとつの分水嶺になっているのかなということです。
Windows環境の経験しか有さない層にとっては、与えられた環境(無限の可能性を秘めているとも思わせる...)に不信や疑問を挟むことは無意味でしょうし、それは自己否定なのかもしれません。
たまたま、トラブルが起きれば環境のせいであり、ユーザーとしては被害者なのでしょう。自己の「行動の当否」には、ダイレクトに結びつかないのが現実かも知れません。

行政も、この仮想環境を正面から取り込んで行くために、各種のe法制を展開して来たわけですから、法規制、システム上の規制等、これまでにも増して、秩序を何処に求めるかを真剣に考える必要がありそうです。これだけの環境を与えられてしまった個人に対し、自己規制を期待しているだけでは、行政の責任は半ばというところでしょう。見回せば、既に「選択」の問題ではなく、「現実の環境」となっているわけですから。

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