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2006年7月22日 (土)

建築の風景*日比谷の息遣い2

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「有楽町」の駅前にあった風景です。
(「日比谷の息遣い2」と言うには違和感がありますが)

「レバンテ」は、オールドファンには懐かしい、牡蠣料理が看板のビア&レストランでした。
数年前から、営業は高架線の向こう側(東京国際フォーラム)に移していましたが、先日、「有楽町」を通りかかった際、日比谷側から高架の向こうにタワークレーンがそびえ立つのが見えましたので、「もしや」と思いガードをくぐると、駅前の「再開発計画」(20F建ての複合ビルが建つとか)の進捗に伴い、この光景は「消しゴム」で消されたかのように消え失せていました。

駅周辺では、唯一、「戦前」の匂いを残している一角でした。
同じく駅前の「東京交通会館」が出来た際、終戦後の闇市の雰囲気はなくなったはずですが(写真でしか知りません...(¨;)、今回の再開発で、有楽町駅前の戦後の清算はすべて終わるのでしょうか。
日劇が消え、朝日新聞が移転し、都庁も移転したのはもう昔の話しですが、これで「有楽町」は、有楽町という単なる東京駅の隣のエリアになったとも言えますね。
歴史の証人は、JRの高架線だけになりましたが(少し離れたところには、先に投稿の「三信ビル」がありますが。)、これも歴史の必然でしょうか。
敷地の高度利用、容積率における効率化は経済発展のステップのひとつと考えますが、都市計画として評価するときに、効率化以外に歴史に何かを残せるか。言い替えれば、後世に何かを語ることが出来るのか。そんなことを考えつつ、近隣の摩天楼を眺めました。

「レバンテ」の店舗ビルは1925(T14)年の竣工で、営業自体は1947(S22)年より、大倉財閥二代目の大倉喜七郎氏により創業されたものだそうです。設計・施工が大倉土木(大成建設の前身)というデータがありましたので、何となく感じていましたが、やはりと言う感じですね。
その一角のマリオン側には、「可口飯店」という魅力的な店舗がありました(写真はありません(..;))。いつも蒸籠の湯気が通りに溢れ、特に日が暮れてからは絵になる光景でした。「いつか入ろう」と思っている間に消え失せたという、ありがちな結果になってしまい、これも残念です。

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コメント

カークさん コメントありがとうございます。

レバンテは、そう交通会館に向かって右手にありました。
我々は、1階のビアホールにしか出入りする機会がありませんでしたが、取り立てて旨いとか、特に格安ということでもなかったように思います。
有楽町の駅前で「レバンテ」に入り、ビールとつまみで時間を過ごすことに意味があったように思います。
正に、それはそこにあることに意味があったのかも知れませんね。
とは言え、機会があれば、東京国際フォーラムに移転した店に寄ってみたいと思います。

投稿: landscape | 2006年7月22日 (土) 22:24

「レバンテ」って、交通会館の横のレストランですか?
名前の記憶は余りなかったのですが、この写真を拝見して思い出しました。
そうですね、この一角も今工事真っ盛りですね、確かマルイなどが入るのでしょうか、
この先のアーケード角のガラス張りの天一?の店員さんがお店の前の見通しが
悪くなるとチョット残念なことを言っていました。
「可口飯店」は運良く閉店直前に知人と滑り込みができました。あそこも味のある建物でしたね。
良く横を通っていたのに、この辺の写真を撮っていませんでした、余計うれしく拝見いたしました。

投稿: カーク | 2006年7月22日 (土) 20:24

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