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2007年1月15日 (月)

路地の風景*寛永寺坂の幻影

P0006800
昨年、上野、谷根千あたり歩き回った際、気になって捜してみた風景です。
引き出しに仕舞ってしまうと安心し、つい忘れていました。
危うく、お蔵入りになってしまうところでした。

その正体は、ネットでも多く紹介されていますが、日暮里を出た後、上野の山の地下を走る京成電鉄の廃止された「地下駅」の跡です。
「寛永寺坂駅」という名称でしたが、上野寛永寺は目と鼻の先で、
住所は台東区上野桜木、谷中霊園の入口脇です。

同じく、京成電鉄の地下駅として近年まで営業していた「博物館動物園駅」(H9休止、H16廃止)は、「東京国立博物館」の敷地の角にある、国会議事堂のようなデザインの駅舎が有名です。
双方とも、1933(S8).12.10に開業していますが、「寛永寺坂駅」は、休業再開の期間を含め、1947(S22).8.21の廃止まで足掛け14年という運命の違いがあったようです。

*駅の来歴については Wikipediaを参照。   
P0002800
細部を眺めると、通りを背に正対した側ではなく、左脇にある敷地境界に突き出した屋根と、不自然に「斜め」に位置する古いシャッターが気になります。(写真↑)
地下ホームへ(取り壊されているそうですが)降りる階段の位置などは不明ですが、正面の通りと駅舎の間の乗客の動線を配慮した出入口の位置設定なのではないかと想像されますが、どうでしょうか。P0003600_1
また、敷地の一角には、
正面に「国威宣揚」とある、国旗掲揚台があります。
その脇には、「紀元二千六百年記念」「昭和十六年十二月八日」とありました。
また、見落としましたが、建立した地元の町会名(だったと思いますが)もあるそうです。
谷中霊園の入口に位置し、寛永寺の目前にある駅前の広場は、当時の地元の方にとって、重要な意味があったのでしょうか。

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