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2007年2月 1日 (木)

普通免許取得始末記 その1

先に「閑話*ゴール!2007」で投稿したとおり、長年の懸案というべきか、これまで、そう差し迫ったものもなく、そのために時間を割くにも至らなかったのですが、昨年、一念発起して教習所通いを始め、新年早々には普通免許の取得に至りました。
免許取得に至る始末記を、忘れないうちに、何回かに分けて書き記しておきたいと思います。(^^ゞ

「自動車教習所というところ」
随分昔のイメージかもしれませんが、正直、何か特殊な(人を人とも思わぬ !?)教官達が、車の怖さを知らない人達を料理するところなのかなあ、という先入観がありました。
知らないことを吸収しに行くわけですので、いろいろな意味で代償は払うのですが、理屈に合わないことはねえ、という感じでしょうか。

私の選択した教習所は、幸い、その意味では拍子抜けでした。
ただ、教官の個性は様々で、波長の合い具合も様々でした。教官は、教習生の個性を見抜くのも仕事だそうですが、こちらとしても教官の個性を見抜き、その一時限の教習の成果を最大化することを念頭に置いていました。一時限の間、ひとつの教習車に同乗するのですから、苦手意識は禁物ですね。

ただ、最初の頃、何となく違和感を覚えたのは、同じ場面に於ける指導が、教官毎に微妙に異なることでした。
これは、表現の仕方であったり、微妙に違う場面のことであったり、振れ幅の範疇に入ることが多かったようにも思いますが(善意に解釈すれば、そうなのですが、教習生のそういう指摘もあるらしく、教官も意識しているようでした)、コース内で走行中は整理しきれず、家に帰ってから整理して、納得したことも多かったように思います。
少し慣れてきた頃からは、走行中にも、逐一確認するようにしていましたが、若い人は、その場ですべて消化できるのかなあ...(^^ゞ

そんなこんなも乗り越えて、時間と経費を有効に使うべく、前回までの経験は、その日の教習の礎にできるよう腐心しましたが、何かと実感できる、その進歩は楽しいものでした。

次回は、実際の技能面での始末記を。

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