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2007年6月 5日 (火)

建築の風景*永田町・国会議事堂

20070520018700
「中央玄関にて」

すでに、ギャラリーの風の休日で紹介を始めていますが、5月20日に参議院60周年記念特別参観へ出向きました。
先に、衆議院の特別参観があったのですが、その際、中央玄関は閉じられており、参議院の参観では「中央玄関」からの入館が叶うということで、再度出没することにしました...(^^ゞ

建築の経緯は、すでに有名ですが、明治から議院建築の潮流が流れる中、恒久的な議事堂建築として、完成したのは昭和になってからのことでした。

昭和11年に竣工した国会議事堂の設計は、大蔵省議院建設調査会の議により臨時議院建設局が一般公募を実施しましたが、最終的には、これを参考に議院建設局による基本設計となりました。

明治時代を作り上げた建築家達は、議院建築はひとつの最終的な目標であったようです。明治期の巨星でであった辰野金吾の評伝からも、その経緯をうかがい知ることが出来ます。

在野の建築家として業績を残した同氏ですが、大蔵省主導で進められた議院建築に関わり、一般公募の実現に力を尽くしたとされます。一般公募を通じ、国家事業である議院建築に在野の建築家の意見を反映させることを図ったとされますが、結果については、あくまで大蔵省ペースで設計進んだことは皮肉なことでした。

今、70歳を数える国会議事堂の内部を参観して考えますと、大蔵省主導の下に纏められた中央玄関から中央広間、中央階段上る意匠の流れに、戦前の帝国憲法の下、国会議事堂として表現すべきものが何であったかを感じることができたような気がしました。

(閑話;衆参両院の参観をしましたが、どういう訳か、参議院の方が、関係の方がオープンマインドな感じでありました。なんで、こんなに雰囲気が違うのだろう...(^^ゞ)

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