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2009年4月 6日 (月)

春の岩手路へ

関東では、桜の満開が伝えられ始めましたが、4月早々、父の郷里である岩手を訪ねることになりました。

盛岡駅で新幹線を後にすると、JR山田線に沿って走る国道106号線を、急行バスで宮古を目指します。盛岡駅でJR山田線に乗り換え、山並みの間を縫うように渓流沿いの景色とともに宮古を目指した旅は、いつの頃からか、駅前から高速バスの座席に体を沈める旅となりました。

盛岡から宮古を目指す国道106号線沿いには簗川の渓流が見え隠れしますが、区界峠を越えた向こう側では、渓流を集めて閉伊川となり、宮古まで旅は続きます。

車窓から見える、その渓流は驚くほどの清流に見えますが、これまで何度となく見てきたはずなのに、何故か新鮮な驚きでした。バスを降り、旅装を解いてから交わす言葉の、迎えて戴ける地元の方々の温かさは変わらないのですが。

更に国道106号線は、宮古盛岡横断道路として、高規格化事業が計画されていることも今回知ることになりましたが、僅かながら、太平洋岸とのアクセスが改善されるようでもあります。

生活という視点からは、目的において点と点を結ぶ旅であれば、それは手段の問題ではなく日常生活上の便宜がその命題であると理解しますが、国道106号線と平行して走るJR山田線が地方の公共交通機関として、人や物資の移動を支える動脈として脈打っていた時代のかすかな記憶を手繰り寄せますと、集落にある駅は、高規格道路による通過するためだけの停留所の役割だけではなく、宮古や、盛岡に通ずるネットワークの玄関であったとともに、駅の存在を前提とした、地域社会の脈動があったようにも思います。

整備された高規格道路によって、人の移動半径は大きく膨らみ、生活圏が拡大することによって地域の生活に変化がもたらされたことは事実だと思いますが、地方鉄道や地方交通線を、地域社会が脈動するための社会資本として支えることは(バスに譲ったダイヤの復権も含めて)、高齢化社会の進行する現在、意義を失わないと感じるところです。


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