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2009年8月27日 (木)

この夏の決算として

この夏ラストスパートを掛けた資格試験のため、港区白金の明治学院大学へ。少なくとも、積み込んだものは、どうにか降ろすことが出来たような気がするのだけれど、自己採点はすこし落ち着いてからということで...(¨;)

午後の試験終了後、帰路につく前、明治学院キャンパスを出て桜田通りを渡り、高輪の台地の坂を上がることにしました。とりあえず、二本榎商店街の「ホーリー」さんに寄ってサバランを買って帰ろう。
私の家族が住んでいたところは、目と鼻の先です。何のこと、という方にはプロフィールに軽く触れてあります。

桜田通りにかかる歩道橋の上に立つ。
通りに沿って屹立する高層マンションの姿は、高輪の台地に営まれた生活の空気感を拒絶するようでもある。また、五反田方面を見渡せば、そこに場所を占めたかのように新たな高層ビルが。高輪台プロジェクト(都営浅草線高輪台駅上の)として、数年前より耳にはしていたけれど、また、空が狭くなったなあというのが素朴なイメージ。

二本榎の商店街は、「メリーロード高輪」として新しい街作りを始めていますが、街を訪れる度に消えて行くものも。高輪教会の前に残っていたおもちゃ屋さん「はとや」の店舗跡の住居が取り壊されていた。いつ頃の閉店かは知る由もないけれど、永くカーテンが引かれたままのショーウインドウに、白い鳩のディスプレイが舞っていた。また、商店街の中頃にあった「鳥藤」さんも消えていた。確かにそこにいた方々の面影と、街を駆け抜けていた少年の頃の自分が重なる。

結論から言えば、「ホーリー」さんは営業日ではなかったようだけれど、メリーロード高輪の事業として開店したと広報されていた、コミュニティスポット「cafe10」に立ち寄ることに。店長さんと昔話に興じるうちに、気がつくと閉店時間に。収穫があった様な気がします。

地元に住み続けるということは、多分、変化を受け入れるということ。たまに訪れるだけの私は、いたって無責任な立場だけれど、記憶の中に、街の息遣いを温めていられることが嬉しい...(^^ゞ)

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コメント

カガヤアクショウガクさん、 コメントありがとうございます。

タカナワダイミヨヤさんという方もいらっしゃって、何か不思議なもので、思い違いでなければ、高輪台小学校の校歌の旋律が浮かびますね。

高輪関連の記事は、2006年に集中的に書き起こし、その後もフォローして、時折、投稿しています。少年時代の記憶を書き起こしましたが、高輪OBの方にお目にとまり、コメントを戴いています。例えて言うならば、それぞれの「あの頃」を、手触り感をもって思い起こすことのきっかけにでもなれば、駄文を書き連ねた意味もあるのかなと思っています。

訪れる度に風景も変わって行きますが、少年時代に駆け抜けた、商店街や路地の記憶を重ねると、どうにか再生可能なのが宝でしょうか。

投稿: landscape | 2010年7月 6日 (火) 21:17

「鳥藤」を検索して、この記事にヒットしました。懐かしい店の名前や風景が書かれていて少年の日が間近に思えました。。が、
36年前まで(数えてみてびっくりしました)、都営住宅、「あの白い団地群」に住んでおりました。
都営住宅が取り壊された後の建築現場に行ったことがありましたが、自分の中で何ものかが失われたことを自覚して、なんともいえない、、、あんな気持ちにになったのは初めてでした、、、感情にとらわれたのを思い出します。
図書館、くじら公園、はとや、中川理容店、第一内科、、、当時何の気もなしに通り過ぎていた建設物がなくなるのはさびしいかぎりです。
今でも、、何年かに一度、ふらりとついでに通り過ぎつついろんなことを思い出したり、思い出せなかったりします。

鳥藤は同級生の親がやっていた店でした。「店内禁煙」と書かれていたので、喫煙者である自分はついつい足が遠のいて、そのうちに、、と思っているうちに閉店してしまったのですね。

長々と脈絡のないことを書いてしまいました。
また寄らせてください。

投稿: カガヤアクショウガク | 2010年7月 6日 (火) 17:01

どうもご無沙汰しました―
そうですそうです―
「あの白い団地群」とは、都営住宅のコトですね―
「くじら公園」の周りを囲む様に建っていた、あの都営住宅のコトです(^-^)―…
そういえば「くじら公園」は、まだあるのでしょうか?―
ちょっとあの奥の方まで覗いて来れば良かったかな、と思います―
あの巨大な建物の裏側に、一体どの様な景色が見えるのか―…
ただ、今あるあの新しい建物の大きさや奥行きの加減から判断すると、あの奥に公園や中庭みたいなモノは新たに作ったかも知れませんが、元の「くじら公園」があった場所には、公園は存在しないでしょうね―
ちなみに今建っているあれも、本当に「都営住宅」なのですよね?―
全く信じられませんね―…あんなに豪勢な高級マンションみたいなモノが、都営住宅とは―…
もしあそこに住めるなら、また高輪に出戻ってもイイかな、とは思いましたが^^;―
とにかくビックリするくらい、素晴らしい建物でした―
また「高松中学校」と「高輪出張所(支所というのですね^^;―昔から私の母親は、出張所出張所と言っていたモノですから―)」のその位置関係にも、驚かされました―
図書館があった場所に校舎が建ち、出張所が今のあの場所に、あの様な形で建っているとすると―…
その間に挟まれた形で存在しているであろう学校の校庭は、多分少々縮小されたのではないかなと思います―
次回高輪を訪れた際に、是非確認してみたいですね―

投稿: タカナワダイミヨヤ | 2009年10月 5日 (月) 10:19

タカナワダイミヨヤさんお久しぶりです。
長文のコメントをありがとうございます。
目に浮かぶような描写です。

「あの白い団地群」とは、都営住宅のことかとおもいますが、過去の記事「二本榎の系譜 その2*アーカイブス(路地*高輪・白金編)」で、昔の4階建ての団地の写真を掲載しておきました。それに比べ、建て替えられた高層住宅の、商店街の北側にそびえて見えるボリュームは、なんとも圧倒的で、初めて見たときは息を吞みました。

都営住宅裏の、高松中学校校門脇にあった「図書館」は確かに、幻のように消えていますね。閲覧スペースが広く、場所柄、高松中学校の付属図書館のようでもありました。
今は、高輪地区総合支所の中にあるそうですが、昔、崖地にへばり付くようにように立っていた古い庁舎(その頃は、「高輪支所」と呼んでいました)の、旧高松宮邸裏の住宅地側に入口のあった事務フロアの1層が、図書室として設えてあったことを思い出します。元に戻ったというところでしょうか。
高輪支所の建物の脇には急峻な手すりの付いた階段があり、庁内を通らずに崖下の駐車場まで降りれば、高松中学校の校門(正門かどうか自信がありませんが)は目の前でした。

訪れる度に、姿を変えて行くようにも思いますが、変わらないものを探しに、また、訪れるような気がします。大変、ローカルなテーマで難しいのですが、また、記事にしたいと思っています。

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投稿: landscape | 2009年10月 4日 (日) 00:01

お久しぶりです―
つい先日、嫁と一緒に品川へ行く用事がありました―
その帰り道に、ふと別の用件で、私の戸籍謄本が必要になるのかなと思ったので、ちょうど良い機会だからと、直接高輪の出張所へ行ってみるコトにしました(私の本籍は、未だ高輪の街に置いてありますので―)―
20数年振りの高輪の街です♪―
品川の駅前から嫁とタクシーに乗り、運転手に行き先を告げると、‘二本榎から行きますか?’という、とても懐かしい名前の響きが^^;―…
まず新高輪プリンスや森村学園方面へと上る、緩やかな坂道周辺の景色は、とにかくキレイになったなぁという印象を受けました―
私の生まれた「船員病院」は、なくなっていました―
まだ同じ「病院」ではありましたが、~かんぽとかいう名称が付いた、新しい病院に生まれ変わっていました―
道が空いていたので、タクシーは早いスピードで二本榎を通り過ぎて行きましたが―…
殆ど、初めて訪れる街の様でしたね―
昔の面影など、全くと言ってイイ程、なくなっていた様な気がします―
けれども車中から、「まんとよ」を発見しました―
当時とは、少しその景色が変わっていた様な気がしますが、ここの何番目かの子供は、私と同級生でした―
運転席から‘とらやを左に曲がりますか?’という、また懐かしい名前の響きが^^;―…
私達は、「とらや」の前で降りてみるコトにしました(私が、ですね―嫁にとっては、全く知らない、初めて訪れる街でしたから―)―
「とらや」の前でタクシーを降り、路地を左へ曲がろうとすると―…
何ですか?この右側にある、巨大な建物は(@_@)―
あの白い団地群は、一体何処に―…
‘物凄いキレイなマンションだねぇ―あなたの生まれた街は、金持ちの街なんだねぇ―あなたは全然金持ちじゃないけど’と、いつも一言多い嫁が、隣りで驚いています―
嫁と腕を組み、何か軽く話をしながら‘せっかくだから図書館にも入ってみようかな’と考えつつ歩いていると―…
ありませんでした、目の前に図書館が(>ε<)―
しかも、そこには驚くコトに、高松中学校の校舎が―…
校舎の位置まで変わったのですね、ビックリしました―…
門が閉まっていたので、私達は左側の急勾配の坂道を下り、出張所へ向かうコトにしました―
嫁が‘何?この坂―何でこんなに急なの?’とビックリしています―
そうですね、高輪にはこういうオカシな急坂が沢山ありました―
この坂道の様子も、かなり変わっていました―
その地形自体も少々、ですね―
ですがそこに1軒だけ、当時の同級生の家がそのままキレイに残っていて、とても懐かしい感じがしました―
表札にも、キチンと彼の名前が書かれてあります―
‘この家は、オレの同級生の家だよ’―
‘ちょっと声掛けてみたら?’―
‘いや、余り仲が良かったヤツでもないからさ’―…
出張所の手前、まだ「おおくぼだんご」がありました―
店は定休か休憩時間の様でしたが、相変わらず「団子」と「いなり寿司」と「干瓢巻き」は扱ってる様です―
そして―…「高輪出張所」も、あるべきトコロにありませんでした―
「高松中学」の正門へと上がる坂道も、バスケットコートも校舎も、何処にも見つけるコトが出来ません―
そこら辺一帯が、新しい「高輪出張所」の巨大な建物になっていました―
本当に久し振りに高輪の街へやって来て、ここへ来るまでの間に、もう何回驚かされたコトでしょう―
私達はその新しい出張所で(この建物の中に図書館がありました)、私の戸籍謄本をもらって、そのままその建物の下を通る地下鉄から、自宅へと帰って来ました―
本当は、帰りは桜田通り沿いを歩いて―…
清正公や私の生家があった辺りや、明治学院大学や郵政宿舎などを眺めつつ、五反田の駅まで歩いてみたかったのですが―
嫁が‘疲れた―足が痛い―お腹が空いた―早く帰ろう―’とうるさいので、断念しました―…
結果的に、久し振りに見た高輪の街は、面白かったです(^-^)―
不謹慎な言い方かも知れませんが、余りにも変わり果てて、変わり過ぎていたので―…
逆に高輪の街に、新たな興味が湧いて来ました―
また近いウチに必ず、高輪の街を訪れてみようと思います―
今度は、高輪台小学校の辺り―
高輪児童館の辺り―…
というか、1度暇を作って、1日掛けて1丁目から4丁目まで―
隈無く散策してみようと思います―

投稿: タカナワダイミヨヤ | 2009年10月 3日 (土) 07:46

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