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2011年11月14日 (月)

横川*駅からハイキングへ

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先の定期健康診断でたたき出したデータの数値は、メタボの懸念を払拭するには充分なものだった。この1年、医師の指摘を返上すべく、あちらこちらをハイキングやトレッキングで歩き回った成果だろうと思う。今となっては、生活の一部となったことでもあり、「継続は力なり」と肝に銘じたい。

今回は、横川駅からアプト式の旧線、碓氷第三橋梁(めがね橋)までを往復するコース。横川の紅葉と土木遺構に触れることを目的に遠出することにした。この場合遠出とは、歩く時間より、往復に要する時間が長いこと。

一応、確認しておかなければいけない歴史がある。
碓氷峠を越える碓氷線は、軽井沢・横川間に26のトンネルと18の橋梁を建設し、1893(M26)4.1に開通した。翌年には日清戦争が始まる。これに間に合わせるように、集中的な工期で最短ルートを完成させ、太平洋岸から日本海岸に至る貨物輸送ルートとして、信越からの産品輸送の動脈ともなった。1912(M45)には、電化営業運転を実現し、採用された第三軌条の方式は、東京地下鉄道(後の東京メトロ)が浅草・新橋間の建設に際して(T14.9.27起工)、見学に訪れている。1963(S38)9.30には、非アプト式の粘着運転によって実現した新ルートの新線が複線営業を開始。アプト式運転の70年に渡る使命を終える。1997(H9)9.30には、平行区間の長野新幹線開通に伴って、104年に渡る軽井沢・横川間の営業を終えることになる。(第三橋梁の端で、由来の解説をされていたボランティアの方のお話からも参照)

今回、紅葉はいまひとつで、距離的にも、ややコンパクトだったが、歴史を紐解けば、そこに実現された交通手段に懸けた多くの方の熱意と、繁栄の歴史に思いを馳せることにもなる。

2011_1112__39横川駅のすぐ隣にある碓氷峠鉄道文化むらから、「アプトの道」が始まる。今回の目的ではないが、車両が静態展示されているヤードの一番奥に、ウグイス色のラインが特徴的な、特急あさまの車体を見つけた。直江津行きの方向幕が見える。遠望するだけだが、内部が痛んでいるようだ。何とも痛々しい。

2011_1112__12_3遊歩道として整備されている「アプトの道」と平行して、レールが敷かれた線路と架線が延びている。トロッコ列車の運行があるようだが、旧丸山変電所脇を過ぎてから、「峠の湯」の手前で「アプトの道」が左に分かれて行くところに、その終点駅が設置されている。レールと架線を備えた線路は、そこからは1963(S38)9.30に営業開始された新線ルートとして延びているが、一見何事もなかったようにも見える風景は不思議な錯覚に囚われる。

2011_1112__34_2その後、アプトの道を辿って第三橋梁まで到達すれば、先ほど分かれた新線が走る橋梁が遠望できる。見た目は架線と共に現存しているのだが、JRから経営分離された際、経営を引き継げないまま、放置されているものだと聞いた。
第三橋梁で折り返し、再びアプトの道を下って行く。旧丸山変電所脇を過ぎたころで立ち止まり、ふと見回すと、前にも後ろにも下りのハイカーの姿が見えないことに気づいた。時折上りのハイカーとすれ違いながら、ひとり、横川駅に向かい、トロッコ列車の線路と平行して延びる「アプトの道」を下る。

2011_1112__38目の前に続く圧倒的な開放空間は、未だ、列車が往来すべき空間を歩いているかのような錯覚を覚える。HP上の報告を見るばかりだが、第三橋梁の先に現存し、人の手が入らなくなった旧熊ノ平駅周辺などは、こことは違う表情を見せているらしい。新線ルートと合流するポイントであることからも、公開を前提に、訪れるルートの確保が望まれる。

帰宅して今考えれば、そこにあったものと、失ったものが見えるような気がする。国鉄時代、その再建策として特定地方交通線の整理が行われたが、現在も、整備新幹線の着工と引き替えに失われて行くものがある。地方を支えた鉄路のネットワークがJRから経営分離され、その寸断された営業区間だけで収益性を問われる姿は、分割民営化の負の遺産といえる。
この狭い国土を考えれば、新幹線による高速輸送は、これまでの資産を活かした、コンパクトで効率的な地方の鉄道網とともにあるべきだろうと思う。

2011_1112__43帰りの電車を待つ間に昼食とする。横川だけに釜飯もよいのだが、地元の食堂を探捜する。横川駅前の松一食堂さんで(駅正面の通りを出て先を右折すぐ)、お勧めの味噌ラーメンが750円也。
多少入りにくい店構えだが、時間の止まったような店内で、ガラス越しに差し込む光だけで十分な暖かさを感じる。味噌ラーメンは、手作りの味とでも言おうか、素朴な味わいで美味しい。会計を済ませ、店を後にする際、ご主人から横川の昔の繁栄の一端を伺うことができた。国鉄の職員宿舎があり、多くの職員で賑わったらしい。現在の、息を潜めたような街角からは、想像ができない。

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