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2012年4月 9日 (月)

閑話*高輪台小学校のこと

学生時代までを過ごした高輪のこと。
これまで、幾度も触れましたが、少し違う角度で。

昭和40年代、高輪台小学校に通っていた頃。
昭和10年の竣工当時の雰囲気を残していたのではないか。
その頃を知る由もないわけですが、今考えても、そう思います。

また、同時に、在学中にはいくつもの変化がありました。

入学の頃、教室は1階のプール横、いちばん奥の教室でした。
机も椅子も木製で、今から思えば田舎の分校のイメージだったかもしれません。机の天板が蓋になっていて、奥が蝶番、手前を持ち上げる、あのタイプです。それは、あまり時間は掛かりませんでしたが、程なく引退となりました。
担任の教師から、もうすぐ、新しいのが来るよと言われていました。ある日登校すると、教室に、現在の机や椅子と同じ、合板の天板にスチールのパイプの足がついた机と椅子が、ビニールに巻かれたまま、積まれていた光景を思い出します。あっけない選手交代でした。確かに、間違いなく新品の机と椅子を割り当てられたのですが、その特別の感慨は覚えていません。その交代の意味は、あまり伝わって来なかったような気もします。

同じく入学の頃の、校庭で撮ったクラス写真があります。
背景の校舎には、各教室から延びる煙突が這い回っています。
その頃、暖房はダルマストーブでした。
1年生の頃は、どうだっか覚えていませんが、上級生になれば、毎朝、専用のバケツを下げ、校庭に面した地下の部屋に、1日分のコークスを貰いに行く当番がありました。階段を降りていくと、用務員のおじさんが、スコップですくってくれた。むろん、終業後の火を落としてから始末があったはずですが、これは覚えていません。これは、高学年になってからのことだと思いましたが、大型のガスストーブに代替えされました。これは教室の雰囲気をがらっと変えたと言えます。

何時の頃か、教室や廊下の床が張り替えられました。
歩くと廊下がきしむような板張りの床。小さな油のタンクと油を延ばすためのフェルトのようなものが先に付いた、モップのような道具で、メンテナンスをしました。油のにおいが嫌いではなく、油引きの役は好きでした。
明るい色の寄せ木模様の床になったのは、何時の頃でしょうか。
表面の塗装か、ワックスのせいか分かりませんが、当初、大変扱いづらいものでした。つまり、水分に極度に弱い。汚れたら始末が悪い。そんなイメージが先行していました。

プールは昭和11年からあったそうですが、入り口の階段は2カ所あり、それぞれ階段下に足を洗うスペースがあったと思います。何時の頃か、校舎の壁面を利用したシャワーが新設されたのはいいのですが、どうも水道直結であったらしく、ともかく冷たい。充分に身体を冷やして、プールサイドに上がりました。理屈には合っているのだろうけれど、水が出る瞬間、思わず身体をこわばらせたことを思い出します。

最近、改修工事を経て姿を変えたと聞いていますが、あの図画工作室はどうなったでしょう。東側からの十分な採光が可能な大きな窓があった。生徒用には、四方に万力が付いた、四人用の机が設えてあった。階段毎に違う色に着色された太い手摺りはどうなったでしょう。在学当時も、既にあまり活用されていなかったような気がしますが、廊下の屈曲部分にあったガラス付きの立派な展示スペースがありましたが、どうなったろう。まさしく、それは昭和10年の竣工時の発想であったであろうことは確かだと思います。

スロープがある校庭側のエントランスの光景も大きく替わりました。東側との高低差のため、高い壁がありましたが、エントランスのスロープを削り込むため、その角部分が、船の舳先のように尖っていました。何とはなしに、その舳先に立ってみました。個性的ではありましたが、その風景はなくなったようです。

二本榎通りから高輪台小学校への道を辿るには、生花店と文具店が角の両側にありました。高松中学校の頃も含めて、通学途中に立ち寄った文具店はなく、記憶の中だけの光景になりました。

校門をくぐれば、大規模改修で姿を消した旧体育館。団塊の世代が小学生の頃でしょうか、生徒増が顕著だった頃、その屋上部分に教室を仮設して、しのいだとか。教室跡と思われる一角は、校舎の3階部分、だったと思いますが、廊下が繋がっていたところだろうと思います。私が在学していた頃は、ひとけがない、やや不気味なところでした。ただ、女性事務員の方がその一角で、事務を執っていて、一度だけ訪ねたことを思い出します。校庭側には、建物と一体となった外階段があり、その先を探検すべきであったと悔やんでいます。

校門の先、左側の植え込みには、埴輪がいくつかありました。トーテンポール、のようなものもあったような気がしますが、これな気のせいかも知れません。その先には、プールの角あたりに小鳥の大きなケージがありました。小鳥のことは思い出せませんが、小屋はそこにありましたので、生き物係がいたのでしょうね。

校舎の入り口を入れば、天井が高く、生徒用の下駄箱が全て並んで居ました。左側には校舎の中心に大きな螺旋階段があり、給食のパンを焼くにおいが漂っていました。下駄箱の間を抜ければ、校庭に。右側には時計台下の階段があり、校庭側からの採光が、大変明るかった。

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