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2014年1月27日 (月)

閑話*料理に関する一考察


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料理の表情を写し撮ること。これまでの写真のジャンルと比べれば、特異なものに類する。必ずしもネットに上げることを目的としているわけではないが、外食の機会があるときには、傍らの鞄に忍ばせたカメラに手が伸びる。その表情が、思いのとおりに残せたとき、その料理が語る記憶として蘇らせることができる。

平板な記録写真か、その場の時間を切り取った記憶として蘇らせる素材となるかは、単なる技術論にとどまらず、作画意図と言うべきか、何を残したいのかが問われる。提供された料理を前に三脚を立て、ストロボを炊くような時間を掛けるわけではないので、それは、その表情を切り取る一瞬の判断が、結果を左右する。

そこに素材の質感や、料理としての表情を写し撮ることができれば、そこから呼び起こされる記憶があることはもちろんのこと、料理を提供する調理人の思いも感じることができるような気がする。料理を前に、目で楽しみ、味覚でたのしむのはもちろんのことだが、事後にそんな楽しみを残すという楽しみ方があってもよいのではないかと思う。

むろん、現場の雰囲気にそぐわぬ挙動に出ることのないよう、気を配る。料理が提供される前に撮影のイメージを練り、ストロボはもちろんのこと、AFの補助光も遠慮する。そして、提供されたら、速やかに撮り終えることを心掛けている。最も重要なのは、取捨選択であると言える。

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