« 閑話*8月最後の踊りの熱気のこと | トップページ | 川越まつり 2014 »

2014年8月27日 (水)

閑話*そこに並ぶということ

2014_0823_001_3

並ぶということに抵抗はない。黙ってじっと待つのは得意でもある。しかしながら、殊更、拘りを持って、食べるということのために行列に並ぶという意識は持ち合わせていない。口コミで、安くてヴォリュームがあり、並ぶ価値ありの店と喧伝されてもである。

ただ、今回は、夕刻から阿波おどりの見物に高円寺まで出向くことにしていたので、同時に、これまでの哲学を少し修正する柔軟性を持つことにした。これは、意外と重要なことかもしれない。

高円寺へ回るタイミングも配慮した上で、寄り道をして日本橋の裏道へ向かう。常に行列が絶えないという、マスコミで取り上げられる天丼の「金子半之助」さんである。

土曜の昼という、一番悪い条件ではなかっただろうか。午後1時に行列の最後尾に付く。それから1時間で10mほど進んだろうか。残りの距離を密かに計算し、さらに1時間半はかかるな、と思っていたが、さほど誤差なく店内へ招かれた。

行列をなす前後の方々と、何かを話した訳ではないが、そこには不思議な一体感がある。まさに、老若男女が整然と列をなすが、私を含め、目的意識を共有している。店の前まで来て、その状況を見て、立ち去る人もいる。実は私も経験があった。ただ、ある意味覚悟を決めて並んでしまった方々は、ほぼ途中で立ち去る人はないのではないか。

待ち時間の間、目立つ人にはつい視線が行く。無意識のうちに、行列に並んでいる気持ちを推し量っている。私もそう、見られていたかもしれない。いずれにしても、列が進んで店内に吸い込まれていく後ろ姿を、ご苦労様と見送れば、僅かばかり、列が進んだことを実感できた。

店内に招かれても、席に着くまで疲労感を隠せない。ただ、店内は落ち着いた雰囲気で、整然と目の前の仕事が進み、気分も変わる。そして、行列の途中、あらかじめ注文を済ませておいた天丼がほどなく目の前に現れた。

安くてヴォリュームがあるという口コミは確かで、一瞬目を見張る。
どんぶりの後ろ側に横たわる穴子の存在感が際立っている。
半熟で供される玉子の天ぷらも乗っている。角切り烏賊のかき揚げも食感がよい。そのほか、ししとう、海苔、海老など。大鉢に盛られた付け合わせの酢の物、がりごぼうが天ぷらの箸休めにはうってつけである。目の前の焙煎醍醐味とラベルが貼ってある香辛料も、天ぷらのアクセントとして味を引き締めることができる。さらにこれが950円で供されるということ。

多少残念なのが、食事を始めても、どこか落ち着かないところ。まだ、私の後にも多くの方々が列をなしているのを知っているので、無意識のうちに、どこか気がせいている。要は、気にしなければよいのだが、そこは、1階の入口近くのカウンター席に通されたせいか、それとも、私の気の小さいところなのか。

これから並ぶ人のため、あまり断定的な論評は差し控えるが、並んだ達成感は別にしても、十分に満足して店を後にしたと言える。

ただ、もう一度並ぶかどうかは、それはその機会があった時に考えることとしよう。
.

|

« 閑話*8月最後の踊りの熱気のこと | トップページ | 川越まつり 2014 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/152557/60217288

この記事へのトラックバック一覧です: 閑話*そこに並ぶということ:

« 閑話*8月最後の踊りの熱気のこと | トップページ | 川越まつり 2014 »