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2017年1月12日 (木)

あの頃のこと その2

あの頃のこと 続き

品川駅前には明治維新後の後藤象二郎邸、それに続く旧皇族の邸宅の歴史があり、以前の記事ではその歴史を出来るだけ立体的に構成してみた。詳細は以前の記事に譲りたい。ひとことだけ触れれば、品川駅前から石榴坂を上りその、高輪の台地の上を走る通りまで現在プリンス系のホテルが軒をならべる一体は、旧皇族の広大な邸宅地であった。

台地の上を北上する二本榎通り沿いは寺町であった。
また、そこには、日常生活を支える商店が軒を並べていた。生鮮食料品はもちろん、米屋、豆腐屋、酒屋、乾物屋、雑貨屋、和菓子、和装、カバン屋、床屋、美容室、医院、薪炭店、ガソリンスタンド、時計店、電気店、蕎麦屋、中華料理店、鳥や、信用金庫、郵便局、高輪台小学校の入口付近の文具店、小学校前の駄菓子屋、鰻屋、喫茶店、今となっては驚くべきことに商店街に面したて小さな映画館があった。円筒形のチケット売り場が正面にあった。いちどだけ、父に連れられ、中に入ったことがある。提灯が下がった2階の桟敷席だった。刀を振り回す時代劇だったことだけは覚えている。

床屋は明治学院に向かう道路脇の平賀理容院さんに通った。南側の窓は歩道に接して開放感があった。大きな大人用の椅子に、子供用の補助椅子を掛けていた頃からのおつきあいだった。円筒形の湯沸かしと洗面が壁際にあって、おじさんに促されて、洗髪に椅子を移る、昔はどこも皆同じだったろう。それと子供として大きな利害関係は、待ち時間に週刊漫画のバックナンバーを読破できることだった。

そうそう、おもちゃ屋も2軒あった。トイランドとハトや、小学校前の駄菓子屋も入れれば3軒。そこでは、ずいぶんと無駄遣いをしたと思うが、シート状の石けんにイラストが印刷されている「紙石けん」という商品が流行っていて、これは小学校での手洗いという名目で、どちらかと言えば胸を張って買ったと思う。
                           
高輪警察署と高輪消防署前の交差点の角には、二階建ての大きな書店があった。その反対側の角には、いつの頃からかショーケースだけの、小さなケーキ屋さんができた。それ以前は和菓子を商っていたように思うがそこの記憶が定かでない。

書店の建築が進んでいる頃の高揚感が思い出される。毎日、工事現場の脇を通って通学をしていた。道路際に出窓が目立っていたが、気がつけば本のショーウインドだった。組み立て済みの大きな螺旋階段が工事現場に運び込まれていたが、出来上がってみれば、入口脇に設置された2階が回廊式の吹き抜けだった。いずれにせよ、インターネットのない時代に、情報があふれる予感に、高揚感に包まれていた。

二本榎商店街の商家の記憶のひとつとして、商店街の中程、芝信用金庫の並びに、カバン屋さんがあった。小上がりがあって、カバンの修理もされていたと思う。その頃流行のジーパンに合わせる幅広の革ベルトを探しに行った。気に入ったかどうかは覚えていないが、商品を定めて、購入を申し出た。まだ、中学生でしかなかった私に、「ありがとう存じました」と声を掛けて頂いた。その商いの姿勢に触れたようで、今でも記憶に残る。

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