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2018年11月28日 (水)

ここのところ気になることが

オーバーツーリズムということ。
そのような表現を目にすること増えた。

それは、旅行の目的地が有する、ツーリストを迎えるための広い意味でのキャパシティに、過剰な負荷がかかることへの問題意識だとすれば。迎え入れる方には重い負担が発生するのは当然のこと、遠路を訪れる方にも利害が発生するのは明らかで、現在でも懸念が示されているだけではなく、2025年の万博対応に懸念の声も聞かれる。

旅の目的とするのは異文化と接触すること。
その興奮と喜びは共有できるとともに、旅先の文化を理解する努力が旅の醍醐味だと理解する。これを促進するのも、迎え入れる方の喜びである。

しかし、国の政策においてもツーリストの増加だけが目的のように喧伝されるのはどうなのだろう。人気の観光スポットは外国人ツーリストの喧噪で埋まり、京都奈良を代表する精神文化に触れる機会さえも、テーマパークを巡るのと変わりないようにも映る。

誰が悪いわけでもない。ただ、観光地のキャパシティ、いわば物理的な限界を試すだけでは、迎え入れる方は当然、遠路をはるばる訪れる方にもツーリズムの期待された成果物が残るものなのか、一片の疑問が残るのも事実である。

学芸員の資格課程を修了した後、京都・奈良を数回訪れた。御本尊や寺宝の特別公開などは気にしつつも、トップシーズンは微妙に避けて目的を設定する。微妙な駆け引きだが、これも現実かと思う。喧噪の中でツーリストに巻き込まれぬよう街を歩く。すると、街の息遣いを感じられるような瞬間を見つけられる。そう思う。

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