グルメ・クッキング

2015年11月30日 (月)

草津の湯

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年に一度か、二度、誘い合わせて温泉の旅に出る。
一年の内、何度か骨休みを入れることが、モチベーションを高めることにも繋がるような気がする。今回は、手軽な旅をコンセプトに、おひとり様で草津の湯を目指した。バスの格安送迎で有名な、おおるりグループのシステムを利用してみることにした。

草津に向けてのスタートは、池袋を9時に出発する座席指定のバスに乗車する。利用客の数によって運行経路に違いがあるようだが、その他主要な出発地から集まるバスは高速道で群馬を目指す。目的地は、草津手前のおおるりグループ経営のドライブイン「田吾作」である。当日は11時20分に到着。途中、高速道SAの休憩をはさんだが、そう長くは感じない。

そこで、有名な「乗り換え」が発生する。最終目的地である草津と「田吾作」の間を往復するバス便が設定されており、各地からのバス便を降り、乗り継ぐことになる。帰路についても柔軟に組み替えが行われ、出発地、予約客数によっては、高速道SAでの乗り換えもあるらしい。他の営業拠点への送迎を含めて、これが毎日整然と行われている情景を想像すると、一種驚きでもある。

ここで乗り継ぐ草津行きのバスを待つ間、ドライブイン「田吾作」で昼食をとることもできるようにセットされる。ちょうど道の向かい側に道の駅おのこがあり、迷わずそちらを目指す方々もあるが、これは回を重ねたベテランのようだ。

草津まで向かうバスは4便設定されていたが、こちらは自由席となる。とりあえず早く現地入りしたい向きは、早いバス便に乗車するために、案内される集合場所に自主的に列をつくる。列に加わり、12時に出発する第一便に乗ることが出来た。

大小のバスが交錯していたが、とりあえず第一便のバスはマイクロバス、きっちり乗車定員まで乗車して、「田吾作」を発車する。いろいろと評価があると思うが、誠に無駄がない。草津は目の前で、狭い車内もそう苦にならない。湯治の団体客の一員になった気分でもある。温泉地を目の前に、車内の高揚する雰囲気が伝わってくる。

草津にはおおるりグループのホテルが三つ営業しているが、バスは、宿泊客を順次降ろしていく。今回利用するのはホテルおおるり。13時20分に到着。池袋から4時間余りだが、休憩時間も多く、疲労感はない。

チェックインを済ませ、昼食のため温泉街で蕎麦屋を物色する。ともかく一度暖簾をくぐって見たいという店には、行列が延びており、タイミングが悪い。いずれまた、というところか。

2015_1129044e_2温泉街の中程にある「大野屋」さんに入る。蕎麦の味に講釈を述べる実力は持ち合わせていないが、「ソースかつ丼のそばセット」は十分に満足できた。1100円なり。舞茸天が脳裏を過ぎるが、それはそれ、またの機会に。そばつゆの味も、蕎麦の喉ごしもよいと思うが、ソースかつのレベルが高かったことは書き記しておこうと思う。その厚さとジューシーさは、これまでのソースかつ丼のイメージを変えるものがあった。ソースの味がやや甘口なことと、もう少し柑橘系のテイストが欲しいところは個人的趣味だろう。

2015_1129022e草津の湯を探訪するのは、初めてではない。
外湯の探訪など楽しみは多いが、今回は、宿の内湯の他、町営の御座之湯、大滝乃湯を訪ねた。

大滝乃湯の合わせ湯という仕組みは面白いのだが、大浴場で十分温まった後では、最初から45度程の湯船がちょうど良かった。湯船に浸かり、時間を忘れるとはこのこと。白旗源泉の脇に再建された御座之湯の二階には、無料で休憩できる大広間があり、座布団を枕に横になることもできる。

2015_1129028e宿の夕食を終えた後、部屋で一休みしてから御座之湯のある湯畑まで出掛ける。ちょうど客が途切れた、源泉が異なるふたつ湯船にしばらく浸かった後、帰り支度を整え、二階の広間に上がった。しばらく横になっっていると、湯の中で解き放たれた、心や体の強ばりの分だけ、心や体が軽くなったことを感じた。それは、少し自由になったということ。温泉地での時の過ごし方を学んだような気がした。
共同浴場は19箇所のうち、旅行客に入湯が許されているのは3箇所のみと聞く。観光地化が進み、マナーの問題があったようだが、追って機会を見てということに。

2015_1129026e最後に、宿の食事については、おおるりグループとして、その評価に数多情報があるのでここでは触れなくてもよいと思うが、考え方しだいでは特に気にすることはないだろう。その評価はプラスもありマイナスもありである。特に家族、グループで宿泊すれば、会話の中でことさらそれに触れることもないだろう。ただ、おひとり様では、食事時に世間話をする相手もいないので、バイキングの内容に関心が向くのは仕方がない。

ともかく、そのほかの旅のエッセンスと併せれば、総合点ではプラスでよいというのが実感。チェックアウトの際、バス代含めて支払いを済ませた金額を見ても、そう思う。

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2015年4月21日 (火)

日光*旧田母沢御用邸の春

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季節を選んで、何度か訪れることになった。
来歴は、過去の記事でも触れているが、大正天皇のご静養のために造営されたことが知られている。樹齢400年ともいわれるしだれ桜の咲く頃に、旧御用邸の春を見たくて訪ねることにした。
日帰りでは気忙しいのだが、その他の目的も果たし、夕刻前には日光を後にする。

遅めの昼食は、東武日光駅近くの路地にある「そば処山六」さん。
観光地だけに、いわゆる「名店」はあるのだろうが、こちらの雰囲気は、普段使いの、いわゆる街の蕎麦屋さんである。とりたてて個性的な味という訳ではないが、個性が際立たないのも個性と言える。どこか安心できる味かもしれない。

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今回は、予定より大分歩き回った後だけに、やや重めながらカツ丼に手が伸びる。そして、「ミニたぬき」なる「張り紙」を見つけたもので追加をする。これは勢いだが、締めて750円也ということ。
表の通りから差し込む陽も明るい、どこか落ち着く店内で、こざっぱりとした丼や蕎麦を頂く。そう時間をかけずに食べ終え、お代を渡しながら、ひと声、「ごちそうさま」。そして、目の前の東武日光駅に向かう。それでいいのだろう。
冬に訪れる機会はなくもない。鍋焼きうどんもいいかなと、壁の木札のメニューが気になった。

 

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2014年12月 2日 (火)

閑話*オムレツの出来

ずいぶんと前の頃から、焼けぼっくいの火のように、どこかこだわりの温もりが残る。何にこだわりが残るかと問われれば、その出来映えと、舌触りというか、食感だろうか。先日、上野駅構内のたいめいけんさんで、朝食のプレートのオムレツを頂いた。外食のオムレツは忘れる位昔のことだが、ほぼワンコインのプレートながら、その出来映えと食感は、やはり違いが分かる。

それ以来、こだわりに再び火がついたようで、機会があれば朝食の卵料理はオムレツのフライパンを握る。バイブルに、亡くなられた帝国ホテルの村上シェフの本を衝動買いしたのは遙か昔のこと。村上シェフ曰く、塩加減は玉子を攪拌したフォークの先を塩壺に刺し、そこに付いてくる程度。

アマチュアとしては、シンプルな材料と、テクニックが魅力の源である。当家は健康も意識した小ぶりなオムレツだが、シンプルな料理ながら、上出来と思えるためには、集中力が欠かせない。その段取りの中で、何かひとつ気を抜いても、出来映えに後悔が残る。

以前から、マイブームとでも言おうか、何度となく機運が高まり、その完成度にトライしてきたが、どういうわけか今の出来映えが上々である。アマチュアとしては、なによりも集中力が肝要であると感じているが、結果がついてくるならば、よしとしよう。

ただ、課題が残しているのは、オムライスのように具を巻き込む技がレベルに達していないこと。これは悲しいレベルで、機会を見つけ、是非とも壁を越えたいところである。

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2014年8月27日 (水)

閑話*そこに並ぶということ

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並ぶということに抵抗はない。黙ってじっと待つのは得意でもある。しかしながら、殊更、拘りを持って、食べるということのために行列に並ぶという意識は持ち合わせていない。口コミで、安くてヴォリュームがあり、並ぶ価値ありの店と喧伝されてもである。

ただ、今回は、夕刻から阿波おどりの見物に高円寺まで出向くことにしていたので、同時に、これまでの哲学を少し修正する柔軟性を持つことにした。これは、意外と重要なことかもしれない。

高円寺へ回るタイミングも配慮した上で、寄り道をして日本橋の裏道へ向かう。常に行列が絶えないという、マスコミで取り上げられる天丼の「金子半之助」さんである。

土曜の昼という、一番悪い条件ではなかっただろうか。午後1時に行列の最後尾に付く。それから1時間で10mほど進んだろうか。残りの距離を密かに計算し、さらに1時間半はかかるな、と思っていたが、さほど誤差なく店内へ招かれた。

行列をなす前後の方々と、何かを話した訳ではないが、そこには不思議な一体感がある。まさに、老若男女が整然と列をなすが、私を含め、目的意識を共有している。店の前まで来て、その状況を見て、立ち去る人もいる。実は私も経験があった。ただ、ある意味覚悟を決めて並んでしまった方々は、ほぼ途中で立ち去る人はないのではないか。

待ち時間の間、目立つ人にはつい視線が行く。無意識のうちに、行列に並んでいる気持ちを推し量っている。私もそう、見られていたかもしれない。いずれにしても、列が進んで店内に吸い込まれていく後ろ姿を、ご苦労様と見送れば、僅かばかり、列が進んだことを実感できた。

店内に招かれても、席に着くまで疲労感を隠せない。ただ、店内は落ち着いた雰囲気で、整然と目の前の仕事が進み、気分も変わる。そして、行列の途中、あらかじめ注文を済ませておいた天丼がほどなく目の前に現れた。

安くてヴォリュームがあるという口コミは確かで、一瞬目を見張る。
どんぶりの後ろ側に横たわる穴子の存在感が際立っている。
半熟で供される玉子の天ぷらも乗っている。角切り烏賊のかき揚げも食感がよい。そのほか、ししとう、海苔、海老など。大鉢に盛られた付け合わせの酢の物、がりごぼうが天ぷらの箸休めにはうってつけである。目の前の焙煎醍醐味とラベルが貼ってある香辛料も、天ぷらのアクセントとして味を引き締めることができる。さらにこれが950円で供されるということ。

多少残念なのが、食事を始めても、どこか落ち着かないところ。まだ、私の後にも多くの方々が列をなしているのを知っているので、無意識のうちに、どこか気がせいている。要は、気にしなければよいのだが、そこは、1階の入口近くのカウンター席に通されたせいか、それとも、私の気の小さいところなのか。

これから並ぶ人のため、あまり断定的な論評は差し控えるが、並んだ達成感は別にしても、十分に満足して店を後にしたと言える。

ただ、もう一度並ぶかどうかは、それはその機会があった時に考えることとしよう。
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2014年1月27日 (月)

閑話*料理に関する一考察


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料理の表情を写し撮ること。これまでの写真のジャンルと比べれば、特異なものに類する。必ずしもネットに上げることを目的としているわけではないが、外食の機会があるときには、傍らの鞄に忍ばせたカメラに手が伸びる。その表情が、思いのとおりに残せたとき、その料理が語る記憶として蘇らせることができる。

平板な記録写真か、その場の時間を切り取った記憶として蘇らせる素材となるかは、単なる技術論にとどまらず、作画意図と言うべきか、何を残したいのかが問われる。提供された料理を前に三脚を立て、ストロボを炊くような時間を掛けるわけではないので、それは、その表情を切り取る一瞬の判断が、結果を左右する。

そこに素材の質感や、料理としての表情を写し撮ることができれば、そこから呼び起こされる記憶があることはもちろんのこと、料理を提供する調理人の思いも感じることができるような気がする。料理を前に、目で楽しみ、味覚でたのしむのはもちろんのことだが、事後にそんな楽しみを残すという楽しみ方があってもよいのではないかと思う。

むろん、現場の雰囲気にそぐわぬ挙動に出ることのないよう、気を配る。料理が提供される前に撮影のイメージを練り、ストロボはもちろんのこと、AFの補助光も遠慮する。そして、提供されたら、速やかに撮り終えることを心掛けている。最も重要なのは、取捨選択であると言える。

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2013年3月 7日 (木)

越生*里山めぐりハイキング

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毎年、地元の「梅まつり」に合わせて、東武鉄道主催のハイキングがある。三分の一ほどの山道を含めて、越生の里山を歩く。帰りを越生駅まで歩けば、何だかんだで13キロほどの行程である。
寒さも緩み、歩幅も広く歩きたくなる季節である。通年、何度となく近辺を歩く企画があり、昨今、我が家の裏山を歩いている様な気もするが、いまのところ、次の機会へのモチベーションは衰えていない。

2013_0302_0010_2昼食は、ハイキングのゴールである越生梅林から越生駅へ向かう道すがら、いつもは看板を見ながら通り過ぎる、そば処「梅乃里」の暖簾をくぐる。
越生のそば処でもあり、とりあえず「ゆず切り」を頼むことにする。メニューを見ると、やや高めの設定だが、グルメサイトの評価は高いようだ。「ゆず切り」としての風味は、ほのかに香る。薬味や出汁の味ともバランスがよく、喉越しはよい。そば湯はあっさりとしている。

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2013年2月14日 (木)

みなかみ*法師温泉長壽館

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恒例の冬の会合は、今年は三国街道の法師温泉を目指した。
秘湯の一軒宿である。
あえて上越新幹線で入らず、上越線の沼田駅から入る。
沼田の駅前で、十割蕎麦の昼食とするのを楽しみに、のんびりと上野から水上方面へ向かう。上野駅で集合した方々も、年々、やんわりとお年を召して行くが、気分だけは以前のままにも見える。社会保障の話題が増えたことが、その変化だろうか。

長い旅路を終えて、最後のバスで旅館前に到着する。
早めに到着できたため、風呂組は早速、「法師の湯」に向かう。
別班は、カメラを抱えて周辺の探訪に向かう。各々、目的を果たして部屋に戻ると風呂組は、湯あたりか、湯疲れか、ともかく再起不能な状態にある。その後、替わりに「法師の湯」に浸ると、その理由が分かったような気がした。

湯温が体温より、そう高くはない。冷たくもない。ともかく、心地がよい。いつまでも浸かっていられる。言い換えれば、湯船から出るタイミングを計りかねるというか、逸してしまうのである。同じように、多くの湯治客が、ほぼ無言で並ぶシルエットになっている。薄暗い、広い湯殿が、その雰囲気を醸し出している。明け方、5時前に湯船に浸かったときは誰もいない空間だった。湯船の床に敷き詰められている石の間から湧出しているという、お湯の塊を感じることができた。身体の脇をするりとすり抜けていく感触は、誠に不思議な感覚である。さながら、そこかしこから生まれてくるお湯に包まれる感じだろうか。

廊下奥の並びに、近年整備されたという「玉城の湯」は、やや湯温が高いと思う。その点、違う表情を見せる。善し悪しというよりも、違う表情なのである。その湯温の暖かさにどこか安心するのだが、「法師の湯」にもまた、浸りたいと思うのも不思議なものだ。

宿の表情は明治時代の本館から、その後の増築部分まで、無理のない一体感がある。本館に宿泊したが、とりたてて機能的な古さを感じさせない。

食事処での食事となったが、元気のいい団体さんと隣り合わせたことを除けば、山間の一軒宿というイメージとは一線を画する料理を味わえることが、嬉しい。
日常と縁の無いような高級食材にはお目にかかれないが、十分に手を掛けた味と、見た目でもあると思う。

お品書きの最後まで、バランスよく計算されている。
先付けの「数の子みずの実漬・菊花胡麻和え」はいかにもシンプルだが、個性的なスタートだ。お造りに一口添えられる「トロ湯葉」が、「姫ます」と「鯉洗い」の取り合わせの仲を取り持つ。煮物の控えめな味付けと端正な盛り込みは、地味な小鉢だが、宿の主張を感じさせる。揚物の「岩魚唐揚げあん掛け」は、初めて目にした。
岩魚といえば塩焼きという既成概念から踏み出した提案として嬉しい。味付けも控えめで、岩魚の個性を壊してはいない。当然、骨まで食べられる。酢物の「氷頭なます」は文句なく旨い。同じ小鉢に盛られた茗荷とホワイトアスパラの彩りもよい。胡瓜にも細かな包丁が入っている。果物の小皿では、「苺」には包丁が入り、僅かにずらせて断面を見せる。添えられた一口サイズのケーキとのマッチングもよい。当たり前かもしれないが、最後まで気配りを感じさせる膳であった。ただ、残念なのは、料理のテンポがやや早い。その辺りは宿の都合だろうか。

朝食も、そのバランス感覚を感じる。朝食なので、手を掛けた料理を望むべくもないが、白米を美味しく食べられる皿が並ぶ。米も吟味してあるらしい。おひつの脇で、するりと二度ほどお代わりをし、自分でも驚いた。珍しいものではないが、野菜サラダが旨い。生ハムが(だろうと思うが)乗った新鮮な野菜、カリフラワーにマヨネーズと、手製のドレッシング、何故かインパクトがあった。

旅館に泊まれば、朝食が美味しい。何故か、自宅の食事よりも、するりと倍は入ってしまう。朝食の席で、お代わりの手が伸びる気分が、旅に出た喜びだろうか。

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2012年12月 3日 (月)

秩父*駅からハイキングへ

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年内最後に、JR東日本の「駅からハイキング」に出掛ける。
秩父鉄道影森駅から、秩父神社までを歩く。影森駅を後に、長尾根丘陵を目指して、どんどん標高を上げていく。途中、酒づくりの森では、物産店で利き酒ができる。里山歩きというイメージもあるものの、車道歩きも結構長い。設定距離は10km程の、長尾根丘陵を経由して秩父市街地まで周回するコースである。

秩父夜祭の宵宮の日でもあり、ハイキング終了後、夕刻までの活動を思案した。有名な大祭の屋台曳き回しは翌日だが、とりあえず宵宮でもあり、行灯、提灯に灯が入れば撮影のモチベーションも上がるところなのだ。

以前、大祭の夜に出没したときは、食事処に迷ったのだが、聞くところによると、御花畑駅前に並ぶ二軒の立ち食い蕎麦屋さんの評判がいいらしい。ハイキングを終えての昼食と、撮影終了後の夜食に各々の天ぷら蕎麦を試すことにする。ひとりで行動するとき、とりあえず小腹を満たすのには大変都合がよろしい。

いずれの店も、都心の駅蕎麦は何なのかと思わせるものがある。
屋号は確認できなかったが、ホームを背にする駅構内の店舗は、蕎麦や出汁の味に、立ち食い蕎麦としての驚きがあった。張り出した立ち食いのカウンターの脇には、せきたの特挽地そば、という小さな看板が置いてある。季節柄だろうか、薬味に柚子皮のスライスが用意されていた。これを、ひとつまみ蕎麦に散らせば違う世界が広がる。外気にさらされた立ち食いで、この世界をほんの数分愉しむのが、またよい。ただし、混雑すると、注文に多少テクニックが要る。もう片方の店舗である、はなゆうさんは出汁の味が多少甘めに感じるが、天ぷらの揚がりがよい。バランスの良さを感じる。

年内の企画もののハイキングはこれでお仕舞いになる。
昨年よりも、精力的にあちこち歩き回った結果、実績は300kmを少し越えた。メタボ対策、いわば医者対策から始めたものだが、燃え尽きない程度に、このまま継続したいもの。

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2010年12月 4日 (土)

雑感*冬の香り

2010_1204yuzu0051e手が届くところに柚子があると、食卓の表情が豊かになる。
薄くむいた皮を刻んで、各種の皿に彩りと香りを添えれば、何となく豊かな気持ちになります。
この時期が旬なので、農協の直売所を訪ね、やや小ぶりながら、外皮がきれいな柚子を仕入れることができました。昨シーズンは、薄くむいた皮は冷凍して保存しましたが、本シーズンも、使い残した分は冷凍庫へ。
そして、最後に自己流でママレードを仕込みます。ひととおりの仕事を終えた後、冷蔵庫の扉を開けたら柚子の香りが立ちこめていました。

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2009年12月29日 (火)

閑話*カレーパンの奥行き

年末を迎え、とりあえず何かを振り返らねば。
まずは、ベッカライ修行のこと。定期的にパン焼きを繰り返していますが、今一つ奥行きが出ないなあと思っています。

過日、夕食の残りカレーの始末を考えていたとき、これは、カレーパンにチャレンジすべきだと悟り、後刻、レシピを調べて挑戦しました。
驚くほどあっけなく、カレーパンらしき物は、目の前に現れました。味、食感はそのものながら、見た目は巨大なメンチカツかコロッケにしか見えなかったもので、写真は差し控えることにします。

パン生地の出来上がり具合があるとは思いますが、具材を入れて、口を閉じるのには地味な苦労がつきまといます。2度ほどチャレンジしてみたものの、どうも危うい。要するに油の中で口を開くリスクが付きまとう。専ら、基礎的なところであるのが分かっているだけに悔しいところです。

また、パン生地の2次発酵の進み具合や、具の量、油の揚げ温度の兼ね合いがありそうですが、揚げの最中、口が開いてしまうと、内側に膨れた生地が具を押し出しているようにも感じられ、それは、誠に不条理なことだとも思います...(¨;)

課題がいくつか残っていますが、それもまた楽し。

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