日記・コラム・つぶやき

2017年8月10日 (木)

祈りのかたち 仏教美術入門*出光美術館

学芸員資格へのアプローチが、仏像ひいては仏教にも軸足があったので、当美術館の「祈りのかたち 仏教美術入門」をテーマにした企画展に心がひかれた。

以下は学芸員的な感性から。

ビジネスビルに収容された美術館で、天井が低いけれど、フロアの見通しはよい。そこに設定された展示室を回ることで、順路は確保される。

何より特筆すべきは、通常展示ケース内にある、カード形式のキャプションが、当美術館のオリジナルだろうか、半透明の樹脂板に印刷され、展示ケースのガラスに貼付されているように見えた。

展示ケース内にピン止めされているよりは当然、視認性が格段に優れている。その内容も、図版のビジュアル表現も持ち込み、意欲的な取り組みだと感じた。

展示ケース内の作品と、キャプションとの一覧性には議論があるかもしれないが、作品の全体像を把握する手引きだとすれば、作品を見る前段階として、キャプションにより導入されることは抵抗がない。

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2017年8月 7日 (月)

鎌倉*立秋

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8月6日、翌日に立秋を控え、鶴岡八幡宮のぼんぼり祭に赴く。
日中、参拝を済ませた後に、ぼんぼりに仕立てられた書画を拝見する。

夕刻、巫女さんがぼんぼりに灯を入れて回り始めると、日中の境内の雰囲気からぼんぼり祭の舞台が出来上がる。

夕闇の中、ぼんぼりに灯が入り、ほんのりとした明るさをまとって、その奥行きを増した書画の中、お気に入りのぼんぼりにレンズを向けて回る。

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2017年7月30日 (日)

川越*川越百万灯夏まつり

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最終日、7月30日にカメラを提げて出没する。

日没後、まつり見物のお客さんが大変多くなり、いささか驚く。

日中から各種行事が企画されていますので、お出掛けになるには下調べは欠かせません。

実際は、もう少し明るいのですが、提灯の明かりの表現がが思うに任せず、いささか残念かも。

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2017年7月16日 (日)

京都*初夏の息遣い

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今年は春から何かと気ぜわしい日々が続きましたが、7月に入り、京都、奈良の寺社回りとともに、祇園祭りの宵山を歩きました。
路地の奥にも夜空に祇園囃子の鉦の音が、響いています。

昨年、学芸員の資格の最終関門である博物館実習を修了して以来、寺社を回り、尊像をお訪ねることにも特段の意味を見出していますが、今回の京都行は京都の夏の風情を感じることにも期待して、夜行バスで関西を目指しました。

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2017年3月29日 (水)

アーカイブス 東京駅復元 2012

■ギャラリー「風の休日」に掲載(2012.12.31) 
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蘇った東京駅の姿を、今年最後の投稿とします。

写真でしか見たことがなかった南北のドームのインパクトが大きい。
リアルな存在として目前にしているのが不思議でもある。
人の往来する場として成長し続けるダイナミズムを内包し、丸の内には明治の姿を残すことに。

復元工事前の姿(2005年当時)と比較しておきたい。

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アーカイブス 高輪*建築の幻影 2

■ギャラリー「風の休日」に掲載記事(2008.5.18)2008_0508dscf0027
前回の、高輪*建築の幻影は個人的思い入れですので、ー度だけと考えていましたが、別角度のショットをもう一回だけ、その2です。

詳細は、前回の投稿に譲りますが、写真正面が、品川駅前のホテルパシィフィック東京になります。
この斜面に水路(らしき景色)は続きますが、その先には高輪南町御用邸がありました。
傾斜地の下にある石組み(建築の風景*高輪の幻影 前・後編)まで続いていた水路は、傾斜地の途中の湧水を、その直下の池に導いたように思えます。
その敷地を包含していた薩摩藩下屋敷の建築物の配置は材料がありませんが、その配置が、残された地形の造園に何かしらの影響を及ぼしていることは確かでしょう。
この造園の痕跡がどこまで遡れるものなのかが、関心の的です。
その鍵は、やはり木子文庫にあるのですが、個人的に、すっきりできたら報告できると思います。

課題を残しているのですが、それもまた楽し...(^^ゞ

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アーカイブス 高輪*建築の幻影

■ギャラリー「風の休日」に掲載記事(2008.5.9)

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去る5月4日に、清正公大祭に合わせて高輪を再訪。
幼少期には、子供の日に絡むお祭りなので、年中行事として楽しみでした。
その後、川越の住人となってからも、近隣の散歩をすることが目的で、このような機会を見つけて時折訪れます。

ここは品川駅前の一角にある「高輪森の公園」というところ。
薩摩藩下屋敷から高輪南町御用邸までの歴史をまとっているところです。
何度か訪れることになりましたが、敷地内の樹木が整理されたとともに、少し荒れてしまったようで、その全体を包み込む空気感が失われたようです。

写真はその一部ですが、傾斜地にある公園の頂上付近から、枯山水のような遺構が続き、その麓にあたる公園の正面部分には、思わず歩みを止めるような大きな石組みが残ります。
それは、斜面途中からの湧水を、水路に沿って導いたように見えます。(写真の右から左へ。)

ネットフェンスの向こう側には、切り取られた敷地が続いていたわけですが、水路を渡る飛び石は、その奥まで続いていた様にも見えます。
また、頂上部分には東屋の痕跡を見ることができます。それは、小石の混ざった洗い出しのような床で、掘っ立て柱の跡が残る...。

散策の途中、東屋から飛び石を渡り、ネットフェンスの向こう側に続いていた敷地の奥に向って散策する、当時の主の後姿が見えるようです。まるで幻影のように。

当blogの本店である「川越の風」で、「建築の風景*高輪の息遣い2」を纏める際に、歴史の痕跡を探し歩いた折、出会った場所です。その後、「建築の風景*高輪の幻影(前・後編)」で一歩踏み込んで触れてみました。

四方を、それぞれの地権者に囲まれたこの小高い丘を中心とした公園は、明治以降の歴史のうねりの中で取り残されたポケットのようです。
詳細な考証があってしかるべきかと思いますが、今のところ、ほんの入口程度で...(¨;)。

少し落ち着いたら、ディテールをもう少し掘り下げる...つもりです。
それにしても、月1ペースか...(^^ゞ

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2017年3月26日 (日)

これぞ暁斎!This is Kyosai !

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムを訪れる。
2015年6月に三菱一号館美術館で「画鬼・暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」にも訪れているので、そのコレクションの主体が異なる事からも、プラスアルファも期待しつつ尋ねてみた。

英国人建築家ジョサイア・コンドル( コンダーとの呼称には違和感が残る)が暁斎に弟子入りしていたことは有名な話で、前回の特別展は、日本文化に向かい合った、建築家としての業績の展開として画業を捉えることにも魅力があった。

今回のゴールドマン コレクションは、海外の蒐集家によるコレクションだが、幕末から明治に掛けて人気を博した絵師に対する、その視線を感じることができる。

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2017年3月12日 (日)

文化財を守る

昨年、早稲田大学の夏季講座にて、博物館実習の単位を取得することができた。これで、法定の要件は満たしたことになる。
よって、少なくとも学芸員の入口からその奥を覗くことに、現実味を帯びることになった。何かしらの形で、その感性を試すことができればよいのだが。

今回は、早稲田大学文学部学芸員資格課程による第6回特別講演会に参加する。テーマは「文化財を守るために1」、行政の立場から、その枠組みと実際を語って頂いた。

民族の文化、歴史を承継することとは、何だろう。その息遣いを後世に伝えることではないだろうか。その目的のため、今を生きるものとして、その役割について反芻が続く。

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2017年3月10日 (金)

3月11日を前にして

日本各地で自然災害に見舞われ、その抗いようのない自然の力のもとで、人生を大きく変えられた隣人がいる。
その驚きと恐怖感、抗いようもない大きな力で蹂躙される無念さは想像を超える。

その中でも、2011年3月11日には東日本大震災が襲い、未だ収拾したとは言えない地震と津波による激甚な被害の他、放射能汚染の危険性は今そこにある危機でもある。幸いなことに、その直接な被害は免れたが、その波及した生活上の影響として、毎日の生活を計ることに追われた日々があった。

当時、動画で目の当たりにする、押し寄せる巨大な水塊がもたらす甚大な被害は、現実として受け止めるには時間が必要だった。現場に居合わせなかったことは事実だが、知人がそこで目の当たりにしていたことを思うと、当時は、身の回りのほか、何が出来るかとの思いが去来をしていた。

混乱の中、震災から三ヶ月後には、現場に向かうことができた。圧倒的な被害の下、何か出来たわけでもない。ただ、知人に心を寄せることが出来ればと思い、震災後、全線開通したての東北新幹線で北へ向かった

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