2008年11月29日 (土)

雑感*裁判員制度のこと

本日、昨日28日に発信されたという
「裁判員候補者名簿記載通知書」は届きませんでした。
とりあえず、今週末は安心しました。正直なところ。

最高裁のPRや、制度導入を推進する立場からの立論は見る機会がありましたが、市民としての責任を担うことを前提にすると、どうも、いまひとつ合点が行きません。

選任された場合、自分の果たす役割を考えるとき、それは司法の足らざるところを補うことなのか、そこに新たに創設される制度のために判断を下すのか、結局、それが刑事裁判の当事者のために資することになるのか、市民に対して司法権の一端を委ねることとなる国の制度的展望が、どこに焦点があたっているものなのか、必ずしも明確には伝わらないと感じるところです。

ネガティブなことばかり言うつもりはないのですが、参加するための負担の軽重は別としても、裁判官(+一市民)対一市民という関係で司法の場に立つということには、慎重な立場です。...(¨;)

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2008年11月16日 (日)

雑感*それは誰のためか

更迭された前航空幕僚長の歴史観発言、改憲発言、独自の自衛隊の組織論等について各方面で取り上げられています。
一国民としては、同氏の在職時の行為について、その地位、職責を考えると、驚愕、疑念、怒り、落胆、虞など、様々な思いが交錯するところです。

戦後63年を経て、今何故、自衛隊いう実力部隊の指揮官が、一公務員としてその独自の歴史観を公の場で振りかざしたのか。
歴史の教訓として私たちが保持する文民統制という枠組みを潜脱するかの行為は、結局、それは誰のためなのか。
自らの職務に関する閉塞感の発露と言えるのか。
実力部隊の独善的な価値判断が行き着く先には、いったい誰のための価値が残るのか。等々

現職幹部自衛官の、政府見解を逸脱した政治批判として否定的な見解が多くを占める中、この流れを某独裁国家に例えたのは、同氏自身の混乱ぶりとも映りました。

また、以前からの隊内における同氏の発言が明らかになりつつありますが、歴史観を含めた自説の展開が、防衛省内で、また、政府与党に対してどの程度許容されるかを計っていたようにも見えます。

そこから見えることは、その職に就くことの適格性に疑問があったということですが、任命権者たる防衛大臣、事務次官の見識が問われるところでもあるでしょう。

*追記* ネット上で、同氏が懸賞論文に応募し、最優秀となった論文の全文を読むことができましたが、前述の一般論では済まないものを感じます。

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2008年11月13日 (木)

閑話*埋蔵金の使い道

まだ、名称も定まらない生活支援のためといわれる給付金。
自治体の首長からも様々な意見が出されています。
総務省に実施本部が出来たそうですが、若手の職員が、パソコンを睨んでいる図柄だけがニュースで流れていました。

消費税の予告増税分を、僅かばかり事前に還付して貰うような気もするし、生来、素直じゃないもので、妙な気分でもあります。

貰って嬉しくないわけでもありませんが、生活支援ならば対象や金額からは形ばかりに映る上、消費行動の喚起ということならば、1回限り、乾いた道路にじょうろで水を撒くようなやり方では実効性も疑問です。それで、これだけのボリュームの税金を費やしてしまうのは、どうも惜しいような気がします。

与党自ら存在を否定するところの「埋蔵金」を当てるのならば、恒久財源論の障壁が伴いますが、追い詰められた医療、社会保障の立て直しのために使えないものかと思います。

社会保障政策の立て直し、安定化への取り組みは、根源的な景気対策とも評価されるとともに、少子化対策に繋がるものだと思うのですが。

夏のアスファルト道に撒く水のように、一瞬の潤いに消えるには、この借金財政の中で割り切れないものがあります。そこから生まれる不利益も、結局、国民が担うのですけどね。

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2008年10月10日 (金)

雑感*体育の日のこと

今日は10月10日、体育の日か。
未だにそんな気がします。

その沿革は明確であり、いまでもたやすく調べることが出来ますが、現在、国民の祝日に関する法律で定める「10月の第二月曜日」の意義については、積極的な説明を試みることは空しいことかもしれません。ハッピーマンデーという言葉も、今や死語かもしれない。

国民の祝日に関する法律をひもとくと、特定日ではなく、同じような曜日指定の休日が散見されます。改正当時、国民のアレルギーも少なく、たやすく連休による経済効果を期待できる方策として与野党ともに取り組んだようですが、見直しの機運も感じられます。つい最近、朝日新聞の投稿欄に中学生だったと思いますが、その意味について疑問を投げかける投稿があったのも新鮮な驚きでした。

同じく、成人の日も、「1月の第二月曜日」と便宜的に変更されました。確かに地方の実情で、様々な成人式の設定もあったようですが、成人の日は1月15日でした。これにも沿革があるわけですが、便宜的な位置づけに変わってしまいました。単に休日である前に、成人の日であり、社会が新成人を祝い、励ます日であることがその存在意義があったと感じます。私の時も、成人式以外とくに何があるわけでもありませんでしたが、そこに生きていく上での区切りを感じたのも事実です。

国民の休日に曜日指定を導入したことは、祝うための存在意義を自らどこかに置いてきてしまったような気がします。曜日指定の休日を迎えると、感じることです。

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2008年10月 6日 (月)

雑感*やっぱり間違っている

以前から、噂としては耳にしていた厚生年金の標準報酬月額の改ざん問題に焦点が当たっています。

超長期の保険事務として、国民は当然政府に対する信頼感をベースに日常生活を送っていたわけですが、多くの局面で、これに背理する行為が横行していたようです。彼らの行政事務の遂行に根本的な病巣が内包していたことが、明らかになりました。社会保険庁のみならず、厚生労働省も含めて。

安倍内閣での野党による追及の結果、与党は社会保険庁の分割、再編成の潮流を早めました。

しかし、これはやっぱり間違っている...。

現組織での懲戒処分は、職務規律として、適正、適法な行政事務の執行のためには当然のこととしても、同時に、彼らの招いた膨大な不整合を明らかにして、これを可能な限り訂正することが、喫緊の国民的な課題であることは明らかであり、これは以前から変わりのないことです。

不適切な行政事務の執行が生み出した膨大な不整合と、違法行為の実態を明らかにした上で、その是正と処罰についての方針が定まったとき、はじめて、これに基づく適切な組織再編成が導き出されるものとも言えます。

現行の組織が現時点において求められる職責を全うし、新たな組織における業務の骨格を定めることが、最終的には国民利益になるのではないか、そこまでたどり着かせるのが厚生労働省全体の責任であり、政府の責任ではないかと考えるところです。

信頼回復のためには必要なプロセスを踏むことが必要ですが、頂上が雲に隠れて見えない山の麓にいるような気がします。ともかく、めまいがしそうな現実であります。

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2008年8月 2日 (土)

雑感*内閣改造のこと

福田政権の内閣改造が実施されました。
いつもながら、誰のための改造かよくわからないですが。

いわゆる選挙シフトかどうかは置いておくにしても、小泉(流)構造改革路線とは一線を画する姿勢が鮮明で、与党自民党として旧来の意思決定のスタンスを踏襲したいという意図が感じられます。
それは、旧来の自民党支持層には説得力を持つものでしょう。
また、同時に財政均衡路線が更に一歩前へ押し出されたようにも感じますが(増税の布石ともとられかねませんが)、景気の後退局面に差し掛かっているところで、経済閣僚の持論と政策の整合性はどう図られるのか... (¨;)

これから、衆議院解散に向けて、様々な祭りの花火が打ち上げられるようですが、祭りの翌日に、計算違いの現実が訪れるようなことがないようにと一歩離れて見ていたいところ... (¨;)

そういえば、郵政解散の際は、時の総理が、祭り櫓の上で太鼓を打ち鳴らし、あたかもみんなで櫓の周りで盆踊りを踊ったようだったけれど、祭りの後、国民生活に残されたものは... (¨;)
その後の内閣において、本来の公務員制度、独立行政法人改革の取り組み自体は、見通しがついたとは言えない... (¨;)

年金制度の不適切、不正確な運用や、犯罪が次々と明らかになったけれど、国民は、単にペナルティだけを期待してる訳ではなく、社会保険庁の解体そのものが最終目的ではないことは自明のこと。
制度運用の早急な正常化、そのために投入される税金の問題を含め、これから、新組織の運用が政治上でも大変重要な課題となるはずだけれど、果たして厚生労働省の下で、再生できるものだろうか。誰もが感じる不安かもしれない... (¨;)

社会保障費を削減するための様々な施策が国民生活に不安を醸成し、その微調整を繰り返す都度、制度として更に信頼性を失い、混迷を深めている中、見直しの意向は示されるものの、未だ高規格道路の建設の意欲は止むことなく、また、空を見上げれば、宇宙ステーションの実験棟にも莫大な予算が投じられる国でもあるけれど、そこに、どんな未来を見ればいいのだろう... (¨;)

その他いろいろありますが、心配は尽きませんね... (¨;)
内閣改造の翌日の雑感です。
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2008年6月15日 (日)

雑感*そこにあるものは、何か...

いきなり、宇宙の話で恐縮ですが...(^^ゞ

国際宇宙ステーションでの、日本の実験棟設置の作業を終えた星出さんが、「宇宙ではすべての瞬間を楽しんだ」と初飛行を振り返ったことが報道されていました。(共同通信)

準備段階からの予算規模は 1兆円に届こうとする壮大なプロジェクトですが、そこのあるものは何か...と考えさせられました。

現在の我が国の状況を振り返りつつ、これから実働段階に入るミッションの意味を探してみても、確かな答えが見つからないからでしょうか。宇宙実験の公募も継続中だとか。そのプラットホームとしての意味はあるようですが、無重力下での技術開発について、それは基礎研究だとしても、現時点における有用性や期待される将来性について、必ずしも明確に提示されていないように感じてきたことも事実です。ただ、宇宙空間において存在することに(一部先進国の列に並ぶ)、意味を見出すべきなのでしょうか。

いずれにせよ、ステーション上の星出さんと地上の福田首相とのやりとりの報道を見ても、高揚するものもありませんでした。それは、現在、少子高齢社会として、社会の枠組みを再構築することが喫緊の課題とされている中で、現実と遊離した場面を垣間見たような気がしたからかもしれません...(¨;)

どちらかと言えば、夢は買いたいと思います。
しかしながら、そこには、プロジェクトを推進する組織の目的意識の前に、国民に対して訴えかけるに足るべきビジョンの存在が不可欠であると感じた次第です。

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2007年11月11日 (日)

閑話*どうにかこうにか

民主党と与党の連立騒動は幕となったようですね。
小選挙区制の下での二大政党制が、現在の日本において根をはることができるものかどうかよく分かりませんが、というより懐疑的ではありますが、民主党の存在価値が試されていることは間違いないと感じます。

二大政党制が現実味を帯びれば、衆参でのねじれ現象も容易に想像されるところでしょうし、そういう状況下で、法案が通らないと天を仰いでみても何の展望も生まないことも確かです。

しかしながら、有権者の意識の中で二大政党制の定着を見ないまま連立政権の構想が見え隠れしては、変化を模索する有権者にとっては混迷と映るのは必然で、今回の混乱の底流にあるところであると思います。

有権者の視点としては、従前の与党主導の国会運営の下で見失っていた全体のフレームワークやプロセスが、国会審議の場で有権者に対して可視的に明らかにされることを期待する中、民主党の躍進を招いたとすれば、政策実現の装置としての連立政権が提示されたとしても、変化の胎動を感じ始めたばかりの現時点においては、それはこの潮流の延長線上のものとは認めがたいでしょう。

その反面、国民生活の面からは速やかな政策の推進が求められるところですが、これを担保することは二大政党の責務であることも事実でしょう。そのためには、実効的な国会審議はもちろんのこと、可視的な政策協議の場も必要な取り組みであろうと考えます。

グローバル経済と構造改革の枠組みの中で、構造変化の受忍を強いられるばかりであった有権者にとっては、この変化の胎動は、
僅かながらも、期待を抱かせるものであるような気がします。

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2007年10月26日 (金)

信頼の回復ということ 5

年金制度の信頼回復について、その要諦について考えてきましたが、昨日の報道では宙を仰いだままフリーズしました...(¨;)

25日の参院厚生労働委員会で明らかになった事実は、一定の時期であるとのことですが、コンピュータでデータ処理した個人データの生年月日の処理が意図的に加工されていたとのことです。
1~9日を1日、10~19日を10日、20~29日を20日、30、31日を30日として「まるめて」処理していたそうです。

随分前の経験ですが、個人データの情報処理を行っていた時期があります。立ち上げ時期を経験し、システムの構成も考え抜いた経験から、ある程度の感性を持ち合わせているつもりです。

ネガティブなことは書きたくないのですが、以下はひとりごとです。

何かしらのデータ処理上の工夫だったのだろうか。
オリジナルデータを改変して記録する意味はないだろう。データ処理はプログラムで対応するもの。百歩譲って何かしらの意図があったとしても、オリジナルはいじらず、別ファイルで加工操作するだろう。
もとより、オリジナルを加工するぐらいであれば、生年月日の入力はほとんど無意味だろう。

それとも、なにかしらの手抜きを画策したものか。入力段階の前にデータとして加工されたとすれば、そのものにマンパワーが要るわけで、それも無駄な話。

63~66年の4年間ということだが、その処理を開始した年があり、止めた年があることからは(その目的は想像できないが)、組織的な意思決定があり行われたことは想像に難くない。万が一、不都合があって止めたものならば、そのデータをすべて復旧するメンテナンスが行われるべきものだろう。

民主党議員から、プログラムミスとの指摘も行われたらしいが、オリジナルを加工している点からみれば、そこに意図的な処理が介在した可能性が高い。

制度の性格上、これだけ超長期に渡るシステム運用が行われることを考えると、いつの時代にどのようなデータ処理をしたか、システム改変をしたかは記録が残っているのではないか。認知していた上で、放置していたと疑念を持たれても仕方ない。

膨大なシステム費が投入されてきたにも拘わらず、いままで、国会に報告されたデータ処理の矛盾を含め、データ処理の統一性が担保されていないように感じるのが恐ろしい。

所管庁として、その当事者能力を疑われても致し方ない状況であることを認識するべきだろう。
実際、それでは済まないのだけれど...。

以上、ひとりごとでした...(¨;)
年金制度の信頼回復を願いながら。

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2007年9月 4日 (火)

信頼の回復ということ 4

年金記録問題をきっかけとして、総務省に設置された年金記録問題検証委員会に対して、これまでの、社会保険庁や市町村における年金保険料等の横領事案が報告されたそうです。
しかしながら、それは生資料ではないそうで、座長である松尾前検事総長はコメントに窮しているようでもありました。

それにつけても市民感覚としては、「制度的な監査」自体存在したのだろうか、機能していたのだろうかという(これをかいくぐる行為が横行していたようですが...)、「制度的な欠陥」の存在とともに、
個人レベルに矮小化すべきでない組織的な「モラルハザード」の存在を危惧するところです。

今回報道された横領事案においても、一般窓口職員ではない専門職の職名もあり、その根の深さが垣間見えました。また、想像したくはありませんが、横領した資金が個人に止まらず、部局内で環流していたとしたら恐ろしいことです。

このような実態の「解明」と事実関係の「公表」は、「年金制度への信頼回復」のためには必須であることは論を待ちません。

それは、この「組織的モラルハザード」の根を断ち切るための第一歩でもあり、刑事告発(刑訴法上の告発義務も...)、免職を含む懲戒処分として現れるその結果は、更に国民の前に「公表」されることによって実質的に機能するものと考えます。
また、「公金」が返還されたことによって、その判断に酌量が加えられることがあったようですが、その判断に正当性があるならば、酌量したこと自体も併せて「公表」すべきところでしょう。

公共交通の乗務員が運賃を詐取し、懲戒免職を受けた事例があったかと思いますが、本来あるべき、「公金」を扱うことに関する「高いモラル」が担保されてこそ、「年金制度」に対する信頼の回復に繋がるものと考えます。いえ、今や前提条件と言えるでしょうね。

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2007年6月12日 (火)

雑感*信頼の回復ということ 3

社会保険庁改革法案の審議も結論を得ないまま、未整理の年金記録の問題について、ごく短期間に多くの加入者の関心が集中することになりました。そして、多くの方が自分の権利を確認するために動き始めています。民主党の執拗な発掘が実を結びつつあるようですが、7月の参議院選挙を控えていたことも幸いしたようです。

背景はともかくとしても、政府与党も対応に引き下がれないものを感じているようで、これを機に、正常化への潮流が後戻りしないよう、有権者が監視を続けることも重要なことでしょう。

信頼回復のための要諦としては、多くの方が感じていらっしゃるとおり、第一に「現状に関する正確な情報の開示」が求められるところであると考えます。

所管庁の事務処理結果について、抜き差しならぬ疑念が生じている現状の下で、未統合記録の全貌並びに個人記録の現状が明らかにされないまま、「とりあえず出来ること」という前提で対応を進めることには限界が見えています。

たった1年という期間に、「とりあえず出来ること」の結論を急ぐことよりも、まず、未統合記録の「全貌」(欠落、非オンライン化データ等も含めて)、オンラインデータの基になったマイクロフィルム、元帳の存否等の全国的状況の把握と記録保全に精力を傾注し、その成果について開示すべきと考えます。
その後、オンライン化出来ていないデータ等、突合が不能なものを含めて、検証し、補償するプロセスは、政府が責任を持った「最終プラン」として新たに示されるべきものと考えます。

その前提として、社会保険庁から各加入者(支給前の方も含め)に対して加入記録を一律に開示し、「加入者」に対して自己で管理する履歴との照合を依頼することが「現実具体的なプロセス」と考えますが、現状では、あくまで個別に社会保険事務所での確認を求めています。

それは、これによって引き起こされる混乱を憂慮しているとも考えられますが、加入者にとっても、「自己の加入記録を確認する権利」(記録の誤りの修正を求める権利)を担保するため、一律な加入記録の開示が早急に実施されることが、「信頼回復」のために必要なステップであると考えます。

「挙証責任」という視点もさることながら、「挙証する権利」自体を保障することが求められているのでは。

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2007年5月30日 (水)

雑感*信頼の回復ということ 2

未整理の年金の件数が国会で取り上げられましたが、その膨大な件数は、驚きを超え、呆然とするものでした。

また、これまでも、年金の裁定請求に関して、加入歴の記録管理の不備によるトラブルが数多く発生し、請求者の努力による一定の確認成果があった際にも、請求権について「5年の消滅時効」を適用しているいることが明らかにされていました。

このたび、選挙を目前に国会情勢の激変の下、消滅時効の適用について特例を講ずる法案が急遽提出されたわけですが、1日で委員会審議を終え、先の社会保険庁改革法案とともに衆議院本会議に上程するという与党側の日程が発表されました。

「消滅時効」の適用を排除することについては、所管庁の事務処理の乱雑さ、不整合を放置されたまま、時の経過という事実を受忍することだけを迫られていたことからすれば、当然の措置であると考えます。
しかしながら、選挙目前の国会情勢の下で方向転換、即決して結論を得ようとすることには、いささかの戸惑いを覚えることも事実です。

保険料や年金額の計数的な未来予想の問題であれば、単なる政策的配慮によるバランスの提示しか期待し得ないのかも知れませんが、今回の問題は制度設計、運用に係わる問題であり、国民が納得できる「現状認識」を明らかにするともに、それに応える経過措置と、これを是正するための、明確な「制度設計」(組織の体裁変更が結論ではなく...)を提示することが、「政治」の責任であり、年金制度の「信頼回復」のためには不可欠であると考えます。

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2007年5月26日 (土)

雑感*信頼の回復ということ

今国会で出直し審議中の「社会保険庁改革法案」が、衆議院厚生労働委員会で可決されました。大変激論の中での採決...(¨;)。
「国民年金」問題として、これまで何回か触れてきましたので、再度、触れたいと思います。

制度改革の要、いわば国による年金保険事業への「信頼回復の要諦」は何でしょうか。

あくまでも、超長期に渡る年金保険事業として、「国の責務」において安定的、かつ確実に運営されることが前提であり、名目的な組織体制の再編に止まらず、その事業運営の「基軸」そのものを見直す合目的的なアプローチをとることが、「年金保険事業」に対する「国民の信頼」を回復するための課題であり、それは「政治の責務」であると思います。

そのためには、これまでの事業経営を担っていた厚生労働省の下での組織再編に拘泥することなく、「新たな視点」からの、組織再編の取り組みに軸足を移すことが求められていると考えます。
国税庁を主体とした、「歳入庁」への組織再編を基軸とする徴収と、年金支給を分離する新たな取り組みは、その具体的なアプローチとして大変関心があるところですが、これについては、現行組織の性格、果ては労働組合の評価までが持ち出され疑問視する声も聞きます。しかしながら、制度論として合目的的なアプローチに適うものであれば、それは単に、「政治」と「現場」が超えるべき課題に過ぎないと考えます。

問題の根底には、公務として、恒久的な年金保険事業の運営を国民から付託されてきたことに対して、その当事者である社会保険庁、厚生労働省が、その期待、信頼に応えられていなかったことがあります。

本来、制度の運用方針、規律の維持に問題があれば、運用方針の当否、規律の維持を失った理由、責任の明確化、そして、組織として是正する「意思」と明確な「道筋」を示すことが、その組織の「信頼性」の源泉であるはずですが、「政治」の場においては、どうも、その検証プロセスの評価よりも、可視的な「解体的出直し論」が先行しているようです。

それは、政治という側面からは伝統的なアプローチと映りますが、実体として、可視的な組織解体だけが政治目的化し、そこに政治的結論を求めることは、その傍らで本来期待される、信頼回復のための合目的的なアプローチから乖離することが危惧されます。
信頼に応え得るだけの、「新たな視点」での制度設計がなされてこそ初めて、国民の「信頼回復」に資するものとなると考えます。

もとより、掲げられた業務目的の下、その職務を全うすべきことは「公務」においても論を待たないところでしょう。
これまでの事務処理の結果を見るとき、制度運用の責任の明確化、綱紀の粛正が求められるところ、闇雲な「非公務員化」だけでは道半ばでしかないと言わざるを得ません。

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2007年5月14日 (月)

「憲法改正」は誰のため その2

国民投票法案が、参議院本会議で採決され、可決・成立しました。

「改憲」は与党自民党の党是でしたが、現政権の唱える「戦後レジームからの脱却」という、何やら包括的にくくられたスローガンも様々な解釈を呼ぶ中、その基調は、日本の舵を大きく切ろうとしているように見受けられます。

舞台は用意されましたので、現在の政治状況を、憲法秩序の中で整序するための潮流も早さを増すことでしょう。

「憲法改正」は誰のためか。
今後、繰り返して喧伝されるであろう改憲の大儀の中で、まずはそのあたりから、見据えてかかろうと思います...(^^ゞ

それにしても、
「最低投票率」の仕組みも採用できずに離陸させてしまった訳ですので、憲法改正に係る国民投票が実施されることを想定した場合、その結果が有すべき権威(「社会的妥当性」と言うべきか...)を担保するだけの、実質的な正当性を有すると解釈することができるものか、疑義が残ります。

憲法の改正に係る国民投票において、投票に参加した有権者の規模は、その結果の有する権威について、もっとも簡明な尺度であると考えますが、投票に至るまでのプロセスとともに、その期待される正当性が担保されていることが求められるものと考えます。

「投票は権利でもあるが、義務でもある」という理念は、その当否を争うべくもなく、重要な場面があることは理解しますが、国会が国民に対して、国民投票の結果の有すべき権威を保障する手段として、「最低投票率」の仕組みを導入することとは矛盾するところはない考えます。
(追補;その後の論議を聞いていますと、 国民投票法において「最低投票率」の採用については否定的なものの、究極としては「絶対得票率」を憲法上に規定することを例示したマスコミの方がいましたね。諸外国の法制との形式的なマッチングを論拠としているようでしたが。)

その他、付帯決議に譲った論点も多く、荒削りのまま、拙速に見切り発車された感が否めません。また、「公聴会」の意見等はどのように評価されたのでしょうか。

現在は、憲法の改正発議自体、困難が予想されているものの、国民投票法については、所要の修正も含め、論議が継続されることが求められます。

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2007年5月 5日 (土)

「憲法改正」は誰のため

20070504017700

「日本国憲法施行六十周年記念」と銘打った衆議院の特別参観が実施されましたので、一念発起、小学校の社会科見学以来となる国会参観へ出掛けました。

それがきっかけということでもありませんが、ここのところ、憲法改正を党是とする自民党の姿勢が随分前のめりになっているように感じますので、ブログという場でも考えてみることにしました。


◇「何のため」の改正か
現憲法がいわゆる、不磨の大典であるとは考えませんが、戦後日本の発展と、国際社会での位置づけの基礎となった実績は明らかであり、その存在は、国民福祉のため、安定的に維持されることが前提であると考えます。

「何のため」に改正するかが論議される時、まず、その制定に、占領下においてGHQ、極東委員会が主体的に関与したという歴史的事実が挙げられますが、同時に、現憲法の戦後果たしてきた役割を評価するとき、それが、「現憲法の権威」を否定するものであるとは思いません。
また、解釈改憲の危険性を指摘する中で、改憲により、憲法秩序を守ることが必要であるとの指摘については、解釈による振れ幅があり、それを改憲と同義に解釈する余地があることは理解しますが、その解釈のためには、国会を中心として、いろいろな局面で三権が関わってきた歴史を見るとき、それは、時代の過渡期を経過するための民主主義のひとつの産物とも評価できます。
「時代の変遷」に伴う見直しが必要であるとの問題意識は共有しますが、国家権力の専横を引き留める仕掛けであるという、憲法の基本的機能を考える時、新たな権利義務の体系を整序する必要性については論を待たないとしても、現在の国内政治、国際政治との齟齬を理由に、戦後政治の到達点である現状を憲法の規定上で「便宜的に整合性を図る」ことをは、現状の追認であるという側面とともに、それが、最後のよりどころであるとする「憲法の権威」を危うくすることに繋がることを危惧します。

その危険性を踏み越え憲法を改正することにより、基本法上で定立された原則として、次の時代に引き継ぐべきことは、その「内容」、改正の「手続き」において、極めて慎重であるべきであり、謙虚であるべきであると考えます。(この点においては、現憲法の戦後における役割を評価するとき、単純に、改正を重ねる一部の外国憲法の例を引くことは、適当であるとは思いません。)

「時代の進展」において迫られるのは、進歩を受け入れる「積極性」と「寛容さ」かもしれません。しかし、それは、積み重ねた過去を、あたかも脱ぎ捨てるように「捨て去る」ことと、同義ではないと考えます...。


◇「誰のため」の改正か
以上のとおり、国民福祉を前提にすれば、憲法改正はその「内容」、改正の「手続き」において、極めて慎重かつ謙虚であるべきであると考えますが、憲法改正という目的を声高に語ることが、政権与党のアイデンティティーであるという現実の下、国民の意思を体現する手段としての「国民投票法」が、与党のみで可決されようとしています。

憲法の規定上、その実施が予定されながら「手続法」が存在していなかったことを理由として、「単なる法整備である」と謳われていましたが、結果として、法案には「最低投票率」の仕組みもなく、その投票結果は憲法改正に係る「国民」の意思として、「実質的な信任」が与えられるべきものかどうか、大きな疑問が残るところです。

「誰のため」の改正か...(¨;)


◇正直なところ、最近多用されるスローガン、ワンフレーズの政治手法には大変、懐疑的です。
努めて冷静に、求められる選択と、その結果もたらされる結末をイメージしながら、繰り返される大儀よりも、身の回りをよく見回したいと思います...(^^ゞ

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2007年1月17日 (水)

「郵政の乱」は誰のため

リンク: 国民新党:綿貫代表、自民復党「土下座すれば」考える-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ.
森喜朗元首相の、国民新党との連携を期待する趣旨の発言(16日)が報道されています。
先の復党問題の流れの中でしょうか。参院選での過半数割れを見越した流れが、加速しそうですね。
これから、迷走が加速しそうですが、有権者の端くれとして冷静に見ておくことにしましょう。
「郵政の乱」は与党内の争乱でもありましたが、
郵政民営化そのものも、リングサイドでプロレスを見ていたようで、勝ち負けははっきりしましたが、有権者としては距離感がありました。その騒動の後始末というところでしょうか。
与党事情より、郵政民営化の行く末と、その効用の方が気に掛かりますが...。

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2006年11月11日 (土)

雑感*モラルハザードの根

リンク: 不正経理:労働局は総額78億円 会計検査院報告で判明-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ.

国、地方を問わず、
公金に纏わる「裏金づくり」や「不正経理」のニュースが続きます。

今回の、厚生労働省に関する報道は、その金額というよりも、
組織的なモラルハザードがその根底に横たわっているようにも見え、
根の深さを感じさせます。

税金とは他に、短期から超長期にわたる莫大な各種保険料を所管する官庁の中で、国民からの「信頼」を毀損する行為が「組織的」に蔓延していることは、国政上も、憂慮すべきことでしょう。

また、これだけの組織的事例が指摘された中で、報道された懲戒処分、刑事告発が驚くほど僅かであることが気に掛かりますね。

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2006年11月 4日 (土)

雑感*核武装に向かう人々 2

リンク: 中川政調会長:核保有論議「必要」改めて強調   -その他:MSN毎日インタラクティブ.

先に投稿した件ですが、未だ、収まらないようですね。
この発言の契機となった件に関する国際会議が、当事国の参加表明により再開できる見込みであるとの報道もある中、外交上の駆け引きでも意図したものでしょうか。

いずれにしても、このような「国際緊張」が高まっている時期に乗じ、「緊迫感」をもって国内世論を喚起することは、有権者の判断の視野を狭め、道を誤る危険性をはらませることになるのは自明でしょう。
どういう結末を、期待しているのでしょうか。

また、公開の場で、公党の政調会長が意見表明を行い、その発言を「言論の自由」という視点から論じるのならば、その発言の趣旨は、
「公党の姿勢」として捉えられることも、銘記すべきですね。

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2006年10月31日 (火)

雑感*核武装に向かう人々

隣国の常軌を逸した行動が、現在、国際的な非難を浴びている中、
与党、自民党の政調会長が、この論議を鼓舞しているようです。
当然、その趣旨は「容認論」が前提でしょう。

核の「所持」から「使用」にエスカレートした際の結末は、誰しも容易に想像できるところであるとともに、「唯一の被爆国」である我が国が核武装をして、その「緊張感」を高めることは、世界的な核不拡散の取り組みからも大きな損失となることでしょう。

また、このような、国際環境に「緊張感」が張り詰めた時期に、
「緊迫感」をもって国内世論を喚起すること自体、国内に無用な混乱を招き、現在、国際的に非難されている当事国の術中に陥いることにもなりかねません。

若手議員に同様な志向があるとも聞こえてきますので、いささか心配ですが、「核武装」の誘惑にかられ、これまでの被爆国としての取り組みを忘れるようなことは、あってはならないことですし、それが現実化したときに得られるものは何かを、冷静に考えるべきでしょう。

与党、自民党総裁の発言では、この論議を行うことは否定しないそうですが、論議の延長線上には「容認論」の存在が見えるのは私だけでしょうか。

(以上、11/2に一部加筆しました。)

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2006年9月27日 (水)

雑感*安倍内閣、まずは...

リンク: @nifty:NEWS@nifty:安倍内閣で構造改革を加速・補強へ、財政再建も使命(ロイター).
安倍内閣がスタートしました。
意味のないサプライズもなく、まずは一安心。
「なかよし」との評価もありますが、実績に繋がれば評価しましょう。

また、政治手法としては、カウボーイのロデオのような前政権からは軌道修正する兆しが見えますが、まずは、「国民の視線」に根ざした政策課題の選択が望まれるところですね。

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2006年9月20日 (水)

雑感*新しい顔

リンク: @nifty:NEWS@nifty:安倍氏を自民総裁に選出…2位は麻生氏、3位谷垣氏(読売新聞).
やっと、新しい顔が決まったそうです。
予定通りというところでしょうか。
ともかく、自民党内の手続きは終了したということ。

前総理のコピーと評価されることのないよう、御自身の実力を発揮されるよう期待しております。
なかなか、周囲はかしましいようですが。
最近流行の「美しい国」は、執筆者御自身の目論見なのでしょうけれども、一部の価値観を共有する層だけではなく、国民「誰しも」が、そう思える日が、再度、やって来ることを祈っております。

それにしても、
「しっかりと!」とばかり連呼していたことが印象的でしたが、
キャッチフレーズばかりが耳に残る手法は、
もう旬ではないような気もしますね。
スピーチライターさんの哲学なのかもしませんが。

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2006年8月30日 (水)

雑感*AよりBはまだまし? 2

与党自民党の総裁選挙も間近ですが、小選挙区制のもとのイメージ戦略が重要なキーになっているようです。

候補者のご意見の中から、気になったこと。
「美しい国」っていったい何でしょう。市場原理主義に軸足を置いた政策を進める中で、何を指向したいのでしょうか。
「再チャレンジ」っていったい何でしょう。何故、再チャレンジせざる得なかったのか、検証が要るところではないでしょうか。
庶民の「現状認識」と乖離しているような所を感じますね。

IT基盤整備について、すべてデジタル処理を指向するのが「善」のような主張も見受けられますが、何年か前の盛り上がりそのままの様な気がしますね。システム構築と維持の為、膨大な手間と経費を投入し(100%とは言えないまでも、改竄やなりすましの問題も乗り越え)、引き替えに得られる(実際に、これまで得られた)「果実」を見直す時期も考えなければね。(e-JAPAN計画にはあるようですが)

消費税の税率に関する具体的提言については、政治姿勢として評価すべき所を感じますが、財政再建のロードマップとリンクした実証的な提言(経済は生き物ですが)が欲しいところでしょうか。
「踏み込むべき聖域(?)」が手つかずのまま残されているようにも見えるし、政治ではなく、単に「徴収組織側の論理」にすり替わるのが怖いと言えば怖いかな。

総裁選に関与することはない庶民の、とりあえずの雑感です。

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2006年8月 4日 (金)

雑感*国民年金のこと 3

リンク: Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 年金不正 社保庁1900人処分へ 44都道府県、38万件に.

国民年金の「納付率」粉飾に関わる違法手続きについて、「職員の法令順守意識の欠如と本庁を含む組織風土が不正の背景にあった」とする最終報告が発表されました。

この件に関する意見は、先の投稿のとおり特に変更はありません。再論になりますが、年金制度への信頼を担保する(「取り戻す」が正しい?)ためには、単なる「看板」の掛け替えではなく(「非公務員化」が論点ではありませんね)、「歳入庁」方式をベースに、徴収方法、「組織の分離」が議論されることを期待したいと思います。

多くの国民は、現制度下における「公務員の懲戒、分限処分」という形式的な懲罰だけを期待している訳ではありません。
国庫負担分のための消費税増税の話しは別として、「年金」制度の運営を永続的に託すに値する組織体制を確立するという、国民に対する「不退転のメッセージ」を発信することが、現在、政治に求められる最大の使命ではないでしょうか。

現在の、国民年金に対するやや後ろ向きのトレンドは、制度に対する期待の裏返しのような気がします。
まだ、諦めているわけではない、最後のよりどころとしている国民が多数いることは事実でしょう。
このタイミングをずらすと、制度として、国民の意識をよりどころとした立ち直りの機会を逸してしまわないか、危惧するところです。

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雑感*岐阜県職員が裏金400万燃やす

リンク: Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 岐阜県職員が裏金400万燃やす、個人など2億円保管.

「税金の裏金化(私物化ともいう...)」が当たり前に行われた事件は、国、地方を問わず数多くニュース報道がされていますが、今回の報道は驚き以外なにものでもありません。
「証拠隠滅」のつもりなんでしょうけれども、「住民が納めた税金」を、ただの「落ち葉」のように燃やしてしまったのでしょうか。
「苦悩した」との分析もありますが、
その発想を育んだ「原点」が恐ろしいような気がします。

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2006年7月26日 (水)

雑感*AよりBはまだまし?

自民党の総裁選挙は、そろそろ最終コーナーを回ったようですね。
現政権になって、「派閥」力学が利かなくなっているとも言われますが、既存の「派閥」にとらわれない「グループ」の力学と、これを受けたマスコミ報道の影響力がウエートを増したということでしょうか。
それ以外は、与党内の都合で「総理」が選ばれることに何も変わりはないわけですから。

そんな風に見えるのですが、ところで、
現政権発足当初から、「AよりBはまだ増し!」というロジックが、「世論調査」の動向の根底に流れているように感じます。それは以前より、政治動向の根底にあったのかも知れませんが、何故か、最近表面に出て、「市民権」を得た感があります。
「不良債権処理」は終わったと言われるものの、その他の政治課題では、混迷の度を深めている現状を眺めていますと、「なぜ、増しなのか」「どこが、増しなのか」、そんな命題をどこかに残しておかないと、「まだ増し!」で思考を停止しては、「思わぬ未来」が訪れそうな気もします。こういう、混迷の時には、簡単に振り子が振り切れてしまうのも歴史の教訓かもしれません。

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2006年5月31日 (水)

雑感*国民年金のこと 2

国民年金の「納付率」粉飾に関わる違法手続きについて、
一部報道が始まったことを皮切りに、各地で地方社会保険事務局が実態を認め始めたようですね。
風向きが変わったことが察知されたのでしょう。

この件に関する意見は、先の投稿のとおり特に変更はありませんが、報道がなされるにつれより明らかになって来たのは、現在でも社会保険庁の意識の根底には、組織形態の変更を織り込んだ上での「組織」維持があること(法案審議には着手はしたが) 、そして、
厚生労働省の当事者能力に疑問があるということです。

この件については、職員の非公務員化が主題であるわけではなく、
端的に言えば、長々期に渡る年金事業の運営を託するに足る事業主体として、「国民の信頼」を高める(取り戻す...が正しい?) ためには何が求められているのかということでしょう。

そのために、今、「政治」に求められることは、
国として「不退転の決意」を持って事業の運営にあたる決意と、
その為に功を奏すると考えられる施策は、
これまでの取り組み、組織、所管を大きく見直してでも、
必ず実現するとの「メッセージ」を国民に示すことでしょう。
「ねんきん事業機構法案」の価値は、これから評価されますが、
「政治」の価値も併せて評価されるところですね。

「国民年金」から、国民の意識が離れて行くことが危惧されますが、
それでもまだ、本当に諦めているわけではない国民に対して、今、
「信頼に足るメッセージ」を発信できなければ、引き返せないところまで行ってしまうという「危機感」が、政治の上でも必要でしょう。
猶予は無いような気がしますが...。

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2006年5月24日 (水)

雑感*国民年金のこと

国民年金を初めとして、年金制度全体の信頼が揺らいでいます。
一元化へのアプローチ、賦課方式から積み立て方式への転換、社会保険庁の解体的出直し等、問題山積です。

今回、「納付率の粉飾」に関わる不正手続き問題が明らかになりましたが、目に余る年金資金の「浪費」、少子高齢化社会における「制度自体の不適応」、「未納」問題などに、国民がその実態に頭を悩ます中、実態を粉飾するような、事実を隠蔽する体質が見え隠れすることは最大の問題点でしょう。

国民は、既に危機的(...と余り言いたくないのですが)状況であることは認識しながらも、将来に僅かながらも手応えを求めているにもかかわらず、制度を運用する主体に信頼性が欠如していることは、大変不幸なことです。

それにも増して、今回、地方社会保険事務局の問題として、事務局長の更迭との報道もありますが、地方組織の問題として「矮小化」されることを危惧します。
本庁である社会保険庁や厚生労働省が、その通達・命令で、地方社会保険事務局レベルで個々に判断させ、実効を挙げない末端組織に「責任」を転嫁しているだけでは、現在山積している問題はクリアー出来ないでしょう。
年金問題については、その資金量の膨大さ故か、将来の見通しを誤った「経営」の処理も、支給年齢、支給額などの支給条件の調整という手段を繰り返してきただけの厚生労働省の姿勢からは、「当事者」としての切迫した現状の認識(言わば当事者能力)が伝わって来ないのも事実です。

政治的には、社会保険庁の「解体」がテーマになっていますが、これまでも、いろいろな場面で、組織を改編することでその場の風を変えるテクニックが使われてきました。
言うまでもなく、長々期に渡る年金制度への「信頼」は、制度の運用に携わる当事者への「信頼」が担保されていることが大前提であり、組織改編の実質が何処にあるのかを注目すべきでしょう。

個人的には、単なる「看板」の掛け替え(独立行政法人の時のような)ではなく、「歳入庁」方式をベースに、徴収方法、「組織の分離」が議論されることを期待したいと思います。

P.S 「ねんきん事業機構法案」については、18日から衆院で委員会審議が始まっていましたね。

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2006年4月17日 (月)

地上デジタル放送のこと その2

「2011年アナログ停波 混乱?」 
本日の朝日新聞・夕刊(3版)1面の記事ですが、2ヶ月ほど前に投稿したテーマですので、再度、触れてみようと思います。

つい最近、「電気用品安全法(PSE法)」の施行に関し、経済産業省が不手際を起こしたことが、2011年にアナログ波の停波を控える総務省にも動揺を与えているという趣旨の記事でした。
送信側のインフラ整備は進んでいますが、各家庭(受信者)の認識、経済的負担の合意に大きな不安があることが指摘されています。
時間には多少の余裕があることは事実ですが、以上の点につき、
無策であれば無いに等しいかも知れません。

現在までは、行政、送信側が、やや無責任に「新時代」を煽っていることだけが目につきますが、各家庭(受信者)の費用負担や、機材整備に関するインフラの不安について、積極的にアナウンスする姿勢が見えていないのは事実ですね。

別な見方をすれば、
あえて直前まで避けているように見えなくもありません。
混乱のさなかに、タッチダウンすることを想定しているかのようでもあります。このまま事実だけが先行するようなことになれば、アナログ停波の際の混乱は、先般の電気用品安全法の比ではないでしょう。

杞憂に終わればよいのですが、先の投稿でも指摘しましたように、
多くの老人世帯が、環境の変化に取り残され、テレビメディアからの情報を得ることを放棄することを余儀なくされることがないよう、きめ細かな配慮が望まれます。

今回の記事が指摘する点も含め、誰しも想定できる問題点を放置することは行政の不作為であり、そこから生じる混乱の責任は問われるべきところでしょう。

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2006年3月11日 (土)

数の功罪 その2

リンク: @nifty:NEWS@nifty:「官民格差はあって当たり前」自民・久間総務会長(読売新聞).
先の衆議院選挙で、有権者は、小選挙区制の特性を利用した与党の選挙戦略の下、肥大した巨大与党を出現させてしまいました。
「数の驕り」という言葉に与党も神経を使っているようですが、政府並びに与党の混迷ぶりにはあきれるばかりです。

今回の報道にある、久間総務会長の発言もその延長線上でしょう。
政権与党としての緊張感が感じられません。
これも「数の功罪」のひとつでしょうか。

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2006年2月18日 (土)

地上デジタル放送のこと

リンク: [D-pa] 社団法人 地上デジタル放送推進協会.
そもそも、その発端は...
「平成14年6月18日にIT戦略本部が
『e-Japan 重点計画-2002』の中において、『IT革命を支える基盤となる放送のデジタル化を推進し、関東、近畿、中京の三大広域圏では2003 年までに、その他の地域では2006 年までに地上デジタル放送を開始するため、地上放送のデジタル化に伴うアナログ周波数変更対策を講ずる』ことを決定したところである。
また、同年6月25日に閣議決定の
『経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002』(第2部経済活性化戦略)の中で、『家庭のIT革命を支える基盤である放送のデジタル化を推進し、家庭から簡便に利用できるテレビ連動型電子商取引等様々なITビジネスの創出を促進する』としている。」(H14.7.17「デジタル放送推進のための行動計画」ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会)...らしい。

それで、
「放送のデジタル化は、これまで一方的に視聴者が受け身でサービスを享受していた視聴の形態を革命的に変革し、国民、視聴者自らが能動的に働きかける視聴スタイルを